2010年02月10日
イーアールサンスーウーロン茶
上海の学生さん、こんにちは。
私は森田といいます。森田晋です。
私は大学生の頃、中国語を勉強しました。でも、中国語は少ししか話せません。
For example,「今日は寒いですね」、「すいません、図書館はどこですか?」「1,2,3,4,ウーロン茶」and so on.
年末に『手紙屋』という本に出会った。
出会ったというか、岩田先生が貸してくれた。
そこに、「素晴らしい成功の人生を送るためには」「今、目の前にあるものに全力を注いで生きる」ことが大切だ、とあった。
この考えに、私は非常に共感を覚えた。
その他の内容にも感銘を受けっぱなしで、「なんで10年前に貸してくれなかったのよ」と岩田先生に文句を言ったくらいだ。
がしかし、10年前にこの本に出会っていなくとも、私は目の前のことには全力で取り組んできたと自負する。
その一つが、中国語である。
大学に行くと、英語以外にもう一つ外国語を学ばなければならない。
私は中国語を選んだ。深い意味はない。
漢字を使うから抵抗が少ないし、英語との違いが一番ありそうだったからである。
英語との違いが一番ありそう、というのは、英語のことを忘れて気持ち新たに始めたかったからだ。
英語は、中学高校と6年間学んだ。
しかしながら、英語が話せるか、というと甚だ自信がない。
なぜか。話す勉強をしてこなかったからだ。
高校で「オーラルコミュニケーション」なんていう授業はなかった。
「リーディング」と「ライティング」だけである。
読み書きにだけ力を入れてしまったため、話すスキルはまったく磨いてこなかった。
そこに、忸怩〔じくじ〕たる思いを抱いていた。一般的な日本人の、英語コンプレックスである。
したがって、新しく中国語という言語を学ぶ際、今度こそ話せること第一目標として取り組んだ。全力で。
「俺は日本語の他に英語もまぁ話せるし、中国語も話せるようになったら、バイリンガルじゃなくて…トライアングルになっちゃうな!」
「それを言うならトリリンガル(trilingual)だ」
そんなくだらない会話をしょっちゅうしながらも、「単位がもらえればいいや」という甘い考えではなく、
あくまでも話せるようになるために勉強した。
とはいっても、大学の授業で勉強しただけである。
身についたのは、英語でいえば「This is a pen.」的な中学1年生レベルだった。
そして、それすらも生かす機会は10年以上訪れなかった。
中国へ行くこともなければ、中国人と知り合う機会もない。
そのため、一生懸命覚えた単語も、今ではすっかり忘れてしまった。
それでも、13HRの生徒に上海の学生を加えた先日の授業、私は自分の持てる力をすべて出し切ったつもりだ。
それが、冒頭の言葉である。
初めて中国語で中国人に話しかけた。通じたかどうか定かではない。
10年以上温めてきた、「イーアールサンスーウーロン茶」というチャイニーズジョークがウケたのかどうかも。
まぁそれは緊張していたためであるが、ともかく勉強が生かせたことに、私はひとり満足していた。
必要かどうかもわからない中国語を「全力で」勉強しといて良かったと。
(ちなみに、カラオケも「全力で」練習しておいて良かった。←詳しくは13HRの生徒にお聞きください。)
ところで、授業の後、日本語の話せる上海の学生がテレビのインタビューに答えていた。
―― 中国の授業は覚えることがいっぱいで大変だけど、日本の授業は楽で楽しかった♪
…楽で楽しいのは、特別な授業だからですよ。にしても、「私の授業」=「日本の授業」ではないのだが…。
―― 日本の先生は親しみやすいし、かわいかった!
…そりゃぁ緊張しながら中国語を話す私はさぞかしかわいかっただろうが、「私」=「日本の先生」というのも誤解が。
私が日本のスタンダードではないのに。
そして、その後、学生たちが私に話しかけてきた。
「センセイ、do you have a girl friend?」
(久しぶりに聞く質問だな…)結婚していますよ。
「えー、モッタイナイ!」
……もったいない…そうか…。…中国へ行こうかな。


↑
喜多川 泰『「手紙屋」~僕の就職活動を変えた十通の手紙』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/2007)168~171ページの引用です。
****************************************************
流行の長い1組、および流行の波に乗った2組のみなさん、いかがお過ごしでしょうか。
昨日今日と、校舎の3階は静かなものでした。
いや、3組の騒がしさが強調されていました。
金曜日は全員そろって登校できることを期待しています。
私は森田といいます。森田晋です。
私は大学生の頃、中国語を勉強しました。でも、中国語は少ししか話せません。
For example,「今日は寒いですね」、「すいません、図書館はどこですか?」「1,2,3,4,ウーロン茶」and so on.
年末に『手紙屋』という本に出会った。
出会ったというか、岩田先生が貸してくれた。
そこに、「素晴らしい成功の人生を送るためには」「今、目の前にあるものに全力を注いで生きる」ことが大切だ、とあった。
この考えに、私は非常に共感を覚えた。
その他の内容にも感銘を受けっぱなしで、「なんで10年前に貸してくれなかったのよ」と岩田先生に文句を言ったくらいだ。
がしかし、10年前にこの本に出会っていなくとも、私は目の前のことには全力で取り組んできたと自負する。
その一つが、中国語である。
大学に行くと、英語以外にもう一つ外国語を学ばなければならない。
私は中国語を選んだ。深い意味はない。
漢字を使うから抵抗が少ないし、英語との違いが一番ありそうだったからである。
英語との違いが一番ありそう、というのは、英語のことを忘れて気持ち新たに始めたかったからだ。
英語は、中学高校と6年間学んだ。
しかしながら、英語が話せるか、というと甚だ自信がない。
なぜか。話す勉強をしてこなかったからだ。
高校で「オーラルコミュニケーション」なんていう授業はなかった。
「リーディング」と「ライティング」だけである。
読み書きにだけ力を入れてしまったため、話すスキルはまったく磨いてこなかった。
そこに、忸怩〔じくじ〕たる思いを抱いていた。一般的な日本人の、英語コンプレックスである。
したがって、新しく中国語という言語を学ぶ際、今度こそ話せること第一目標として取り組んだ。全力で。
「俺は日本語の他に英語もまぁ話せるし、中国語も話せるようになったら、バイリンガルじゃなくて…トライアングルになっちゃうな!」
「それを言うならトリリンガル(trilingual)だ」
そんなくだらない会話をしょっちゅうしながらも、「単位がもらえればいいや」という甘い考えではなく、
あくまでも話せるようになるために勉強した。
とはいっても、大学の授業で勉強しただけである。
身についたのは、英語でいえば「This is a pen.」的な中学1年生レベルだった。
そして、それすらも生かす機会は10年以上訪れなかった。
中国へ行くこともなければ、中国人と知り合う機会もない。
そのため、一生懸命覚えた単語も、今ではすっかり忘れてしまった。
それでも、13HRの生徒に上海の学生を加えた先日の授業、私は自分の持てる力をすべて出し切ったつもりだ。
それが、冒頭の言葉である。
初めて中国語で中国人に話しかけた。通じたかどうか定かではない。
10年以上温めてきた、「イーアールサンスーウーロン茶」というチャイニーズジョークがウケたのかどうかも。
まぁそれは緊張していたためであるが、ともかく勉強が生かせたことに、私はひとり満足していた。
必要かどうかもわからない中国語を「全力で」勉強しといて良かったと。
(ちなみに、カラオケも「全力で」練習しておいて良かった。←詳しくは13HRの生徒にお聞きください。)
ところで、授業の後、日本語の話せる上海の学生がテレビのインタビューに答えていた。
―― 中国の授業は覚えることがいっぱいで大変だけど、日本の授業は楽で楽しかった♪
…楽で楽しいのは、特別な授業だからですよ。にしても、「私の授業」=「日本の授業」ではないのだが…。
―― 日本の先生は親しみやすいし、かわいかった!
…そりゃぁ緊張しながら中国語を話す私はさぞかしかわいかっただろうが、「私」=「日本の先生」というのも誤解が。
私が日本のスタンダードではないのに。
そして、その後、学生たちが私に話しかけてきた。
「センセイ、do you have a girl friend?」
(久しぶりに聞く質問だな…)結婚していますよ。
「えー、モッタイナイ!」
……もったいない…そうか…。…中国へ行こうかな。


↑
喜多川 泰『「手紙屋」~僕の就職活動を変えた十通の手紙』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/2007)168~171ページの引用です。
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流行の長い1組、および流行の波に乗った2組のみなさん、いかがお過ごしでしょうか。
昨日今日と、校舎の3階は静かなものでした。
いや、3組の騒がしさが強調されていました。
金曜日は全員そろって登校できることを期待しています。
Posted by 川高 at 19:08│TrackBack(0)
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