2012年01月11日
お年玉
お正月の楽しみ、といえば、やはりお年玉だろう。君たちにとっては。
お年玉をもらう側からあげる側になって早十年。
私の場合、甥っ子たちが幼稚園の頃は、お金ではなくアンパンマンとかポケモンとかのキャラクターグッズをあげていた。
その方が喜ばれるし。
そして、お金をあげるようになってからは、少し遊びごころを出してみた。
たとえば小学生になる年には、1円・5円・10円・50円・100円・500円の硬貨と千円札をそれぞれあげて、お金についてお勉強できるように。
その次の年は、2011年だったから金額も2011円というように(ちなみにこの時は二千円札)。
さらに今年は、高校生の頃から温めていた企画をいよいよ実行に移すことにした。
それは、「宝さがしゲーム」である。説明は、実際に行ったものを見てもらうのが1番わかりやすいだろう。
以下、ご覧あれ。

まだ小学3年生と1年生の甥っ子たちなので、簡単なものではあるが、
お宝のお年玉を手に入れた後も「また作って、また作って~」とねだるくらい好評であった。
期待されるとそれに応えないわけにはいかないのが、晋おじさんの性〔サガ〕である。
来年もまた、レベルアップしたものを考えてやろう。
年々問題作成のハードルを上げなければならないのは気がかりではあるが。
君たちにもお年玉を用意して待っていたんだけどねぇ。誰ももらいに来ませんでしたね。また来年ですな。
あ、就職する人にはもうあげませんから。
むしろ、来年は青くんと晴ちゃんにお年玉をよろしく(お父さんが預かります)。
****************************************************
おそらくよく見えないとは思いますが、雰囲気だけでも伝わりましたでしょうか。宝探しゲーム。
誰か私にもこんなゲームを仕掛けてください。
お年玉をもらう側からあげる側になって早十年。
私の場合、甥っ子たちが幼稚園の頃は、お金ではなくアンパンマンとかポケモンとかのキャラクターグッズをあげていた。
その方が喜ばれるし。
そして、お金をあげるようになってからは、少し遊びごころを出してみた。
たとえば小学生になる年には、1円・5円・10円・50円・100円・500円の硬貨と千円札をそれぞれあげて、お金についてお勉強できるように。
その次の年は、2011年だったから金額も2011円というように(ちなみにこの時は二千円札)。
さらに今年は、高校生の頃から温めていた企画をいよいよ実行に移すことにした。
それは、「宝さがしゲーム」である。説明は、実際に行ったものを見てもらうのが1番わかりやすいだろう。
以下、ご覧あれ。

まだ小学3年生と1年生の甥っ子たちなので、簡単なものではあるが、
お宝のお年玉を手に入れた後も「また作って、また作って~」とねだるくらい好評であった。
期待されるとそれに応えないわけにはいかないのが、晋おじさんの性〔サガ〕である。
来年もまた、レベルアップしたものを考えてやろう。
年々問題作成のハードルを上げなければならないのは気がかりではあるが。
君たちにもお年玉を用意して待っていたんだけどねぇ。誰ももらいに来ませんでしたね。また来年ですな。
あ、就職する人にはもうあげませんから。
むしろ、来年は青くんと晴ちゃんにお年玉をよろしく(お父さんが預かります)。
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おそらくよく見えないとは思いますが、雰囲気だけでも伝わりましたでしょうか。宝探しゲーム。
誰か私にもこんなゲームを仕掛けてください。
Posted by 川高 at
16:48
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2011年12月28日
番外編:5年後の手紙
5年前の授業で、卒業間際の3年生に「5年後の自分に手紙を書こう」というものをやりました。
それを私が5年間保存し、5年後に郵送すると。
私的なタイムカプセルですな。
早いもので、その3年生が卒業してから5年がたち、そろそろ手紙を送る時期となりました。
今回の「ひとりごと」は、その「5年後の手紙」に同封する文章です。
Web版のみの特典!限定配信!
いや、最近「ひとりごと」の発行をさぼっていることをごまかすためではないですよ…。
***************************************************
5年ぶりにこんにちは。モリタススムです。誰?なんて言わないでおくれ。
あっと言う間に5年の月日が流れましたね。約束通り、5年後の手紙をお送りいたします。
ただ送るだけなのも味気ないので、私の近況報告もしておきましょう。そんなの知りたくないって?
5年ぶりなんだからそんな冷たいこと言わないで。
先日行われた学年集会で私が話したことを元に、ここでもお話をさせてくださいな。
まず朝は5時起床。
起きて何をするか。卵焼きを作るのですね。
これは自分のお弁当用。二人目の子ども、晴ちゃん(ハルちゃん)が産まれてからの私の日課です。
この卵焼きを、前日の夜に妻が作っておいてくれたお弁当の空きスペースに詰め、さらにミニトマトも入れたら完成。
これをすることによって、妻が朝早く起きる必要がなくなるというわけ。←なんてイイ旦那なんでしょう。
6時半、そろそろ出発したい。
が、そんな時にかぎって息子の青くん(セイくん)が起きてくる。
目をこすりながら「オパヨー」。…かわいい。
「ダッコッコ、ダッコッコ~」とせがんでくる。
時間はないのだが、かわいいからつい抱っこしてしまう。
そしてギリギリになって青くんを振り切って出発。
約1時間のドライブ。
学校に着いたら家庭のことは忘れて仕事に専念。バリバリ働く。
教室への移動はダッシュ!
時間がもったいない&運動不足の解消。
たまに勢い余って階段を転がり落ちてしまうこともある。
が、それで笑いがとれるのならまぁいいのだ。
しかし、そんな落ち着かない行動がU野先生に似てきたなと感じる今日この頃。
そして勤務時間終了。
すいません部活お願いします、ともう一人の顧問に頭を下げ、慌ただしく支度をして帰る。
バタバタ…やっぱりU野化してるな。
あの人もこんな感じでバタバタと帰っていたものだった。
まぁそんな過去の人のことはともかく、帰りも1時間のドライブ。
時折ヒバリヤに寄ったり杏林堂に寄ったりして、買い物をすることもある。
だいたい6時半くらいに家に到着。
玄関を開ければ「オカエリー!」
精一杯の大きな声で、青くんが迎えてくれる。
とても嬉しい、幸せな瞬間。父さんは君のこの一声があるから頑張れるのだよ。うんうん。
そんな至福の時を味わった後は、お風呂である。
先に晴ちゃんを入れる。
晴ちゃんはまだ3ヶ月。首もすわってない。
頭洗いますよー。…いゃー、またオシッコした。
ほぼ毎日晴ちゃんは父さんにオシッコをかける。かわいい娘でも、正直気持ち悪い。
その後青くんも飛び込んできて、親子3人でお風呂。あったかいね〜。
お風呂から出たら、父さんは晴ちゃんを抱きながら夕飯を食べる。
青くん、「オンブオンブ」って、父さんはご飯を食べているのだよー。トーマスと遊んでくれ。
そのうち晴ちゃんが眠ってしまい、ベッドへ運ぶ。そーっとそーっと。
そして青くんに歯磨きをしてあげて、青くんもねんねのお時間。
青くん、父さんと寝る?「カーサンとネル!」…父さんジェラシー。
ということで、寝かしつけは妻に任せ、その間に父さんは食器の片付け。
一息ついて新聞を読む。
それも束の間、回しておいた洗濯機が終わって、洗濯物を干すお仕事。
子育てで1番大変なのはお母さんですからね、やれることはやって手伝ってあげないと。←なんてイイ旦那なんでしょう。
女子諸君、残念ながら私はもう今の妻につかまってしまいましたが、結婚するなら私のような人を選ぶのですよ。
なかなかいませんけどねー。はっはっは。
といったところが今の私の日常です。
5年もたてば、日々の暮らしも変わりますな。
皆さんも高校生の時の想像とだいぶ変わった日々を過ごしているのでは?
そんなこともない?まぁまぁ、元気でいればそれが何よりです。
ちなみに、31HRの担任だったM先生は、現在静岡西高校、
32HRの担任だったY先生は静岡中央高校にお勤めです。私もしばらくお会いしておりません。
そういえば君たちの卒業式の後、Y先生が教室で「古いアルバムの中にぃ〜♪」と歌っていたことが懐かしいですね。
別れるのが寂しいからと、なかなかSHRが終わらなかったことも。
というわけで現在、2011年も暮れようとしています。この1年はどんな1年でした?
いずれにせよ、皆さんの2012年がより充実した年になることを祈っております。
今は学年主任になっている、イクメン&イケダン森田からでした。
※なお、この「学年主任のひとりごと」は、私が不定期に発行している学年通信もどきでございます。
川根高校のHPからリンクで見ることもできます。お暇なら覗いてみてください。話題は内輪ネタですけどね。
それを私が5年間保存し、5年後に郵送すると。
私的なタイムカプセルですな。
早いもので、その3年生が卒業してから5年がたち、そろそろ手紙を送る時期となりました。
今回の「ひとりごと」は、その「5年後の手紙」に同封する文章です。
Web版のみの特典!限定配信!
いや、最近「ひとりごと」の発行をさぼっていることをごまかすためではないですよ…。
***************************************************
5年ぶりにこんにちは。モリタススムです。誰?なんて言わないでおくれ。
あっと言う間に5年の月日が流れましたね。約束通り、5年後の手紙をお送りいたします。
ただ送るだけなのも味気ないので、私の近況報告もしておきましょう。そんなの知りたくないって?
5年ぶりなんだからそんな冷たいこと言わないで。
先日行われた学年集会で私が話したことを元に、ここでもお話をさせてくださいな。
まず朝は5時起床。
起きて何をするか。卵焼きを作るのですね。
これは自分のお弁当用。二人目の子ども、晴ちゃん(ハルちゃん)が産まれてからの私の日課です。
この卵焼きを、前日の夜に妻が作っておいてくれたお弁当の空きスペースに詰め、さらにミニトマトも入れたら完成。
これをすることによって、妻が朝早く起きる必要がなくなるというわけ。←なんてイイ旦那なんでしょう。
6時半、そろそろ出発したい。
が、そんな時にかぎって息子の青くん(セイくん)が起きてくる。
目をこすりながら「オパヨー」。…かわいい。
「ダッコッコ、ダッコッコ~」とせがんでくる。
時間はないのだが、かわいいからつい抱っこしてしまう。
そしてギリギリになって青くんを振り切って出発。
約1時間のドライブ。
学校に着いたら家庭のことは忘れて仕事に専念。バリバリ働く。
教室への移動はダッシュ!
時間がもったいない&運動不足の解消。
たまに勢い余って階段を転がり落ちてしまうこともある。
が、それで笑いがとれるのならまぁいいのだ。
しかし、そんな落ち着かない行動がU野先生に似てきたなと感じる今日この頃。
そして勤務時間終了。
すいません部活お願いします、ともう一人の顧問に頭を下げ、慌ただしく支度をして帰る。
バタバタ…やっぱりU野化してるな。
あの人もこんな感じでバタバタと帰っていたものだった。
まぁそんな過去の人のことはともかく、帰りも1時間のドライブ。
時折ヒバリヤに寄ったり杏林堂に寄ったりして、買い物をすることもある。
だいたい6時半くらいに家に到着。
玄関を開ければ「オカエリー!」
精一杯の大きな声で、青くんが迎えてくれる。
とても嬉しい、幸せな瞬間。父さんは君のこの一声があるから頑張れるのだよ。うんうん。
そんな至福の時を味わった後は、お風呂である。
先に晴ちゃんを入れる。
晴ちゃんはまだ3ヶ月。首もすわってない。
頭洗いますよー。…いゃー、またオシッコした。
ほぼ毎日晴ちゃんは父さんにオシッコをかける。かわいい娘でも、正直気持ち悪い。
その後青くんも飛び込んできて、親子3人でお風呂。あったかいね〜。
お風呂から出たら、父さんは晴ちゃんを抱きながら夕飯を食べる。
青くん、「オンブオンブ」って、父さんはご飯を食べているのだよー。トーマスと遊んでくれ。
そのうち晴ちゃんが眠ってしまい、ベッドへ運ぶ。そーっとそーっと。
そして青くんに歯磨きをしてあげて、青くんもねんねのお時間。
青くん、父さんと寝る?「カーサンとネル!」…父さんジェラシー。
ということで、寝かしつけは妻に任せ、その間に父さんは食器の片付け。
一息ついて新聞を読む。
それも束の間、回しておいた洗濯機が終わって、洗濯物を干すお仕事。
子育てで1番大変なのはお母さんですからね、やれることはやって手伝ってあげないと。←なんてイイ旦那なんでしょう。
女子諸君、残念ながら私はもう今の妻につかまってしまいましたが、結婚するなら私のような人を選ぶのですよ。
なかなかいませんけどねー。はっはっは。
といったところが今の私の日常です。
5年もたてば、日々の暮らしも変わりますな。
皆さんも高校生の時の想像とだいぶ変わった日々を過ごしているのでは?
そんなこともない?まぁまぁ、元気でいればそれが何よりです。
ちなみに、31HRの担任だったM先生は、現在静岡西高校、
32HRの担任だったY先生は静岡中央高校にお勤めです。私もしばらくお会いしておりません。
そういえば君たちの卒業式の後、Y先生が教室で「古いアルバムの中にぃ〜♪」と歌っていたことが懐かしいですね。
別れるのが寂しいからと、なかなかSHRが終わらなかったことも。
というわけで現在、2011年も暮れようとしています。この1年はどんな1年でした?
いずれにせよ、皆さんの2012年がより充実した年になることを祈っております。
今は学年主任になっている、イクメン&イケダン森田からでした。
※なお、この「学年主任のひとりごと」は、私が不定期に発行している学年通信もどきでございます。
川根高校のHPからリンクで見ることもできます。お暇なら覗いてみてください。話題は内輪ネタですけどね。
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13:48
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2011年12月08日
よこやまゆうじのマンガ
ディズニーシーができたばかりの頃。早速遊びに行った私は後日、ある友人に自慢した。
「こないだディズニーシーに行ってさぁ~」
「え!?ディズニーランドってA・Bがあるの?」
そんな世事に疎い友人、横山裕二という人物の話をする。
彼については以前にも「ひとりごと」で取り上げた。一応プロの漫画家である。
四国を自転車で一周し、その後東海道五十三次も自転車で走破するという、よくわからない漫画家である。
一応それが仕事ではあったのだが。
その東海道編の際、我が家に立ち寄らせ、ついでに川根高校にも連れてきた。
で、一宿一飯の礼としてマンガを書かせたことは、9月に紹介したとおりである。
そのマンガなのだが、第1話以外いまだにそれを紹介できずにいた。
私に娘が産まれたりサッカーやマラソンがあったりして、ひとりごとのネタには困らなかったからである。
漸く紹介できる。裏面を御覧あれ。
ちなみに彼のブログにも「川根高校生へ送る4コマ」と題され既にUPされてはいたが、まぁ見た人はいないだろう。
ちなみに「送る」ではなく「贈る」が正しいと思うが。
(http://blog.comsho.com/ gessanyokoyama/2011/10/post-46.php )
さて、裏面の4コマだが、多少解説が必要だと思う。
まず、モリタ君の性格が悪そうに描かれている。
しかし、賢明な生徒諸君は、当然これが事実と異なっていることはわかっているだろう。
その通りである。騙されてはいけない。
次に、私と彼の関係を知らなければ理解できない点があるので説明する。
私と彼は、同じ大学の出身ではあるが、出会いは大学内ではなかった。
とある市民劇団で出会ったのである。その劇団は芝居だけでなく、歌やダンスのレッスンもあって、
私と彼は切磋琢磨し、汗水を流していたというわけである。
さらに、彼は大学卒業後に漫画家になることを決意したため、大学での勉強が直接今に生かされているわけではない。
じゃあなぜ大学に行ったの?と高校生の諸君は疑問に思うことであろう。
というわけで、私は彼に聞いてみたのだが。結果はマンガのとおり。
満点の回答としては、「大学は視野を広げ、自分の世界を広げるために行ったんだ」であったが。
さらに「芝居やダンスの経験は、直接には生きていないけど、同じ表現活動として通じるものがあるよね。
もしかしたら今後そういう内容で漫画を描くかもしれないし。
いつどこで役立つかはわからないけど、いずれにしても若いうちにはいろいろな経験をしておくことが大事だって、
月並みだけど思うよ」と続けば申し分なかった。
のだが。
まぁそんな模範的な回答が返ってこないことは、友人の私にはわかっていた。
エニィウェイ、その時目の前にあることを一生懸命やってみる、そういうことも若い時には大事である。
それがたとえ自分の望むことではなかったとしても。就職する人も進学する人も、よく覚えておいてくれたまえ。
「こないだディズニーシーに行ってさぁ~」
「え!?ディズニーランドってA・Bがあるの?」
そんな世事に疎い友人、横山裕二という人物の話をする。
彼については以前にも「ひとりごと」で取り上げた。一応プロの漫画家である。
四国を自転車で一周し、その後東海道五十三次も自転車で走破するという、よくわからない漫画家である。
一応それが仕事ではあったのだが。
その東海道編の際、我が家に立ち寄らせ、ついでに川根高校にも連れてきた。
で、一宿一飯の礼としてマンガを書かせたことは、9月に紹介したとおりである。
そのマンガなのだが、第1話以外いまだにそれを紹介できずにいた。
私に娘が産まれたりサッカーやマラソンがあったりして、ひとりごとのネタには困らなかったからである。
漸く紹介できる。裏面を御覧あれ。
ちなみに彼のブログにも「川根高校生へ送る4コマ」と題され既にUPされてはいたが、まぁ見た人はいないだろう。
ちなみに「送る」ではなく「贈る」が正しいと思うが。
(http://blog.comsho.com/ gessanyokoyama/2011/10/post-46.php )
さて、裏面の4コマだが、多少解説が必要だと思う。
まず、モリタ君の性格が悪そうに描かれている。
しかし、賢明な生徒諸君は、当然これが事実と異なっていることはわかっているだろう。
その通りである。騙されてはいけない。
次に、私と彼の関係を知らなければ理解できない点があるので説明する。
私と彼は、同じ大学の出身ではあるが、出会いは大学内ではなかった。
とある市民劇団で出会ったのである。その劇団は芝居だけでなく、歌やダンスのレッスンもあって、
私と彼は切磋琢磨し、汗水を流していたというわけである。
さらに、彼は大学卒業後に漫画家になることを決意したため、大学での勉強が直接今に生かされているわけではない。
じゃあなぜ大学に行ったの?と高校生の諸君は疑問に思うことであろう。
というわけで、私は彼に聞いてみたのだが。結果はマンガのとおり。
満点の回答としては、「大学は視野を広げ、自分の世界を広げるために行ったんだ」であったが。
さらに「芝居やダンスの経験は、直接には生きていないけど、同じ表現活動として通じるものがあるよね。
もしかしたら今後そういう内容で漫画を描くかもしれないし。
いつどこで役立つかはわからないけど、いずれにしても若いうちにはいろいろな経験をしておくことが大事だって、
月並みだけど思うよ」と続けば申し分なかった。
のだが。
まぁそんな模範的な回答が返ってこないことは、友人の私にはわかっていた。
エニィウェイ、その時目の前にあることを一生懸命やってみる、そういうことも若い時には大事である。
それがたとえ自分の望むことではなかったとしても。就職する人も進学する人も、よく覚えておいてくれたまえ。
Posted by 川高 at
19:10
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2011年11月25日
教員サッカー2011 vs島田商業
――左サイドからボールが来る!中央で森田選手トラップ、ボールは足下に止まった!(珍しく)
これはもうシュートしかない!
――相手ディフェンダーのパスを森田選手、鋭い出足で華麗にカット!(誇張表現)
これはチャンスだ!さぁどうする!
――森田選手、前線で相手DFからボールを見事に奪いとった!(まぐれ)
これは大チャンスだ、目の前にはキーパーしかいない!さぁシュートだ!!
教員サッカー2回戦、県大会をかけた戦いが行われた。
今回、森田選手は前回よりもひとつ後ろの右サイド、MFをやるように斎藤幸治監督から仰せつかった。
そして、後半は前回と同じ位置になってくれと。
了解。後半に勝負をかけるという作戦ですね、監督。
試合開始、キックオフ。
今回は時間に余裕があったから、アップも十分。したがってキレキレの動きが期待された。
でも勝負は後半、体力温存体力温存~。
ということで、前半は得意の走りを控えてパスを出す側に。
さぁ、岩田選手、走れ~と、前線へキラーパスを出す。お、こりゃらくちんだ。
パスさえ出せば、後はもう岩田選手の責任だし。
今日は「キラーパスの森田」と呼ばれるな。味方を走らせすぎて殺すという意味で。
…と思っていたのも最初だけ。
MFって守りもしなくちゃいけないし、中盤でボール奪わなきゃいけないし、時には仕方なく前まで走っていかなきゃならないし。
ひゃーきついよー。動きではなく、体力がキレキレ…。
そんな折、相手選手がサイドラインへ転がっていったボールを追いかけ、出たか出ないかの所でフィールドへ戻す。
そして私の足下へ。それを私は手で拾い上げ、スローインをしようとしたら、…ピー、「ハンド!」。
杉山選手は「いや、出てたでしょ」と私の肩を持ってくれてはいたが、私にはわかっていた。
ラインを割ったというのは私の希望的観測に過ぎない。
疲れていて、ついスローインにしたいという欲求に負けていただけだ。
正直に白状しよう、それがスポーツマンシップ、うん。
まぁそんなこともあったが、前半終了。
と同時に齋藤監督が声をかけてくる。
「今日、動きがいいじゃないっすか~」
神様ジーコ監督ならぬ神様コージ監督にそんな声掛けされては、調子に乗らないわけにはいかない。
でも監督、いつもどおりの動きっすよ~♪
さて、いよいよ勝負の後半。
残念ながら先制点を奪われるも(いや、S平先生のディフェンスが悪かったわけではないよ、責めないであげて)、
その後、冒頭のように森田選手のめざましい活躍で、3-1の逆転勝利!!
さぁ、この勢いで、県大会もハットトリックを決めてやるか!
え?ストライカー森田にシュートのコツを教えてほしいって?
それはだね、ゴール前でボールを持っても慌てないで落ち着いて蹴ることですよ。
焦って蹴れない左足でシュートしてみたり、焦ってとにかく前へ蹴ってみたり、焦ってつま先で蹴ってみたりしているようじゃあ、得点は奪えません。
よく覚えておきなさい。球技大会では実演してあげますがね。お楽しみに!
※この「ひとりごと」はフィクションです。実際の出来事ではなく希望願望妄想です。
これはもうシュートしかない!
――相手ディフェンダーのパスを森田選手、鋭い出足で華麗にカット!(誇張表現)
これはチャンスだ!さぁどうする!
――森田選手、前線で相手DFからボールを見事に奪いとった!(まぐれ)
これは大チャンスだ、目の前にはキーパーしかいない!さぁシュートだ!!
教員サッカー2回戦、県大会をかけた戦いが行われた。
今回、森田選手は前回よりもひとつ後ろの右サイド、MFをやるように斎藤幸治監督から仰せつかった。
そして、後半は前回と同じ位置になってくれと。
了解。後半に勝負をかけるという作戦ですね、監督。
試合開始、キックオフ。
今回は時間に余裕があったから、アップも十分。したがってキレキレの動きが期待された。
でも勝負は後半、体力温存体力温存~。
ということで、前半は得意の走りを控えてパスを出す側に。
さぁ、岩田選手、走れ~と、前線へキラーパスを出す。お、こりゃらくちんだ。
パスさえ出せば、後はもう岩田選手の責任だし。
今日は「キラーパスの森田」と呼ばれるな。味方を走らせすぎて殺すという意味で。
…と思っていたのも最初だけ。
MFって守りもしなくちゃいけないし、中盤でボール奪わなきゃいけないし、時には仕方なく前まで走っていかなきゃならないし。
ひゃーきついよー。動きではなく、体力がキレキレ…。
そんな折、相手選手がサイドラインへ転がっていったボールを追いかけ、出たか出ないかの所でフィールドへ戻す。
そして私の足下へ。それを私は手で拾い上げ、スローインをしようとしたら、…ピー、「ハンド!」。
杉山選手は「いや、出てたでしょ」と私の肩を持ってくれてはいたが、私にはわかっていた。
ラインを割ったというのは私の希望的観測に過ぎない。
疲れていて、ついスローインにしたいという欲求に負けていただけだ。
正直に白状しよう、それがスポーツマンシップ、うん。
まぁそんなこともあったが、前半終了。
と同時に齋藤監督が声をかけてくる。
「今日、動きがいいじゃないっすか~」
神様ジーコ監督ならぬ神様コージ監督にそんな声掛けされては、調子に乗らないわけにはいかない。
でも監督、いつもどおりの動きっすよ~♪
さて、いよいよ勝負の後半。
残念ながら先制点を奪われるも(いや、S平先生のディフェンスが悪かったわけではないよ、責めないであげて)、
その後、冒頭のように森田選手のめざましい活躍で、3-1の逆転勝利!!
さぁ、この勢いで、県大会もハットトリックを決めてやるか!
え?ストライカー森田にシュートのコツを教えてほしいって?
それはだね、ゴール前でボールを持っても慌てないで落ち着いて蹴ることですよ。
焦って蹴れない左足でシュートしてみたり、焦ってとにかく前へ蹴ってみたり、焦ってつま先で蹴ってみたりしているようじゃあ、得点は奪えません。
よく覚えておきなさい。球技大会では実演してあげますがね。お楽しみに!
※この「ひとりごと」はフィクションです。実際の出来事ではなく希望願望妄想です。
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17:18
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2011年11月11日
マラソン大会 ラッキー賞
マラソン大会、お疲れ様でした。
部活動を引退して体力の衰えを痛感した人も多かったのでは。
まぁある程度は仕方ないところもあるでしょう。
しかし、マラソンは自分との闘いです。苦しい、と思っても頑張れたかどうか、そこですよ。
で、頑張った人にはラッキー賞が当たったんですよ、きっと。
そのラッキー賞、今でこそ当たり前のように毎年行われていますが、これは6年前から始まった企画です。
というか、ある教員が一人で勝手に始めた企画です(もちろん他の先生方の協力がなければできませんでしたが)。
今回は、そんな素敵な教員のお話。
かねてから、森田はマラソン大会の表彰に疑問を感じていた。
確かに速い人が表彰されることに異論はない。
しかし、相対的に遅かったとしても、みんな頑張って走っている。
苦しさに顔をゆがめながらも足を止めることなく。休みたい、歩きたい、という自分に負けず一生懸命。
そんな頑張りを称(たた)えることはできないものか。
そんなふうに一教師森田は思っていた。
そんなある年、当時勤めていた学校の教頭先生が、「ラッキー賞」をやりたいと先生方に呼びかけた。
当然森田は全面的に賛成し、協力を惜しまなかった。これが生徒に評判で、多くの生徒が喜び盛り上がることとなった。
その反応が嬉しかった森田は、川根高校に来た1年目、その先生の真似をして提案&お願いをしたというわけで。
「お金はかけなくてもいいんです。たとえば『R先生と親子のようにキャッチボールができる券』とか…」
と朝の打ち合わせで説明し、
「『賞品がひとつ増えれば笑顔がひとつ増える』を合言葉に、みなさんどうぞよろしくお願いします」
と頭を下げ(涙ぐましい努力)。
するとさすが川根高校、こんな森田の提案でも(いや、森田の提案だからか?)先生方は快く協力してくださり、
たくさんの賞品が集まった。
そして、見事マラソン大会を別の角度から盛り上げることができたのである。
その次の年も、「先生、今年もラッキー賞あるの?」と期待され、
楽しみにしている生徒たちを裏切るわけにもいかずに、再びやらせてもらった。
こうなると、毎年恒例のイベントとして定着してしまう。
そんな、川高に来て3年目の4月、生徒会が「新入生を迎える会」を行った時のこと。
行事紹介の際に、マラソン大会の写真と共に生徒会の担当がこう言った。
「…順位に応じてラッキー賞ももらえますので楽しみにしてください。」
…おいっ、勝手に決めるな。
実はこの年、マラソン大会当日に森田は出張でいないことがわかっていた。
今年はできないかな…と思っていた矢先に生徒会のあの発言。
こりゃまずい、と一人慌てたわけで。
で、どうしたか。ひらめいた。
発言の責任を取ってもらうべく、運営を生徒会に委託することにしたのだ。ナイスアイデア♪
以来、生徒会の企画として定着し、今に至る、と。
というわけで、今年もラッキーな思いをできたのは、素敵な森田先生のおかげというわけである。
将来君たちが親となり、子どもが川根高校でマラソン大会に参加した時には、
「昔、川根高校に森田先生という素敵な先生がいてね…」と話してあげてほしい。
そして、子々孫々とその業績を伝えていくのだ。
ちなみに私は毎年「森田先生の肩たたきができる券」と「20歳になったら森田先生とお酒を飲める券」を
ラッキー賞で差し上げているのだが、おかしいな、いまだに使われていない。
****************************************************
ある程度わかってもらえたかと思いますが、「ラッキー賞」とは、教員があらかじめ「男子×位」にはこれをあげる、
と賞品を用意してプレゼントするという企画です。
それにしても本校の生徒は、大会中も農作業をしている近所の方に「こんにちは」と挨拶をしたり、
すれ違う男女同士で「ファイトー!」「ありがと!」と声を掛け合う姿が見られたり、
気持ちのよい場面を見せてくれます。手前味噌ですが。
部活動を引退して体力の衰えを痛感した人も多かったのでは。
まぁある程度は仕方ないところもあるでしょう。
しかし、マラソンは自分との闘いです。苦しい、と思っても頑張れたかどうか、そこですよ。
で、頑張った人にはラッキー賞が当たったんですよ、きっと。
そのラッキー賞、今でこそ当たり前のように毎年行われていますが、これは6年前から始まった企画です。
というか、ある教員が一人で勝手に始めた企画です(もちろん他の先生方の協力がなければできませんでしたが)。
今回は、そんな素敵な教員のお話。
かねてから、森田はマラソン大会の表彰に疑問を感じていた。
確かに速い人が表彰されることに異論はない。
しかし、相対的に遅かったとしても、みんな頑張って走っている。
苦しさに顔をゆがめながらも足を止めることなく。休みたい、歩きたい、という自分に負けず一生懸命。
そんな頑張りを称(たた)えることはできないものか。
そんなふうに一教師森田は思っていた。
そんなある年、当時勤めていた学校の教頭先生が、「ラッキー賞」をやりたいと先生方に呼びかけた。
当然森田は全面的に賛成し、協力を惜しまなかった。これが生徒に評判で、多くの生徒が喜び盛り上がることとなった。
その反応が嬉しかった森田は、川根高校に来た1年目、その先生の真似をして提案&お願いをしたというわけで。
「お金はかけなくてもいいんです。たとえば『R先生と親子のようにキャッチボールができる券』とか…」
と朝の打ち合わせで説明し、
「『賞品がひとつ増えれば笑顔がひとつ増える』を合言葉に、みなさんどうぞよろしくお願いします」
と頭を下げ(涙ぐましい努力)。
するとさすが川根高校、こんな森田の提案でも(いや、森田の提案だからか?)先生方は快く協力してくださり、
たくさんの賞品が集まった。
そして、見事マラソン大会を別の角度から盛り上げることができたのである。
その次の年も、「先生、今年もラッキー賞あるの?」と期待され、
楽しみにしている生徒たちを裏切るわけにもいかずに、再びやらせてもらった。
こうなると、毎年恒例のイベントとして定着してしまう。
そんな、川高に来て3年目の4月、生徒会が「新入生を迎える会」を行った時のこと。
行事紹介の際に、マラソン大会の写真と共に生徒会の担当がこう言った。
「…順位に応じてラッキー賞ももらえますので楽しみにしてください。」
…おいっ、勝手に決めるな。
実はこの年、マラソン大会当日に森田は出張でいないことがわかっていた。
今年はできないかな…と思っていた矢先に生徒会のあの発言。
こりゃまずい、と一人慌てたわけで。
で、どうしたか。ひらめいた。
発言の責任を取ってもらうべく、運営を生徒会に委託することにしたのだ。ナイスアイデア♪
以来、生徒会の企画として定着し、今に至る、と。
というわけで、今年もラッキーな思いをできたのは、素敵な森田先生のおかげというわけである。
将来君たちが親となり、子どもが川根高校でマラソン大会に参加した時には、
「昔、川根高校に森田先生という素敵な先生がいてね…」と話してあげてほしい。
そして、子々孫々とその業績を伝えていくのだ。
ちなみに私は毎年「森田先生の肩たたきができる券」と「20歳になったら森田先生とお酒を飲める券」を
ラッキー賞で差し上げているのだが、おかしいな、いまだに使われていない。
****************************************************
ある程度わかってもらえたかと思いますが、「ラッキー賞」とは、教員があらかじめ「男子×位」にはこれをあげる、
と賞品を用意してプレゼントするという企画です。
それにしても本校の生徒は、大会中も農作業をしている近所の方に「こんにちは」と挨拶をしたり、
すれ違う男女同士で「ファイトー!」「ありがと!」と声を掛け合う姿が見られたり、
気持ちのよい場面を見せてくれます。手前味噌ですが。
Posted by 川高 at
19:20
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2011年11月03日
教員サッカー2011 vs島田工業
え!俺がゴールキーパーなの!?
このために夏から走り込んできたのに!(嘘)
体育館でひそかにボールを蹴り込んでいたのに!(10分間)
努力が無駄じゃーん!……というネタで今回は書けるともくろんでいたのだが。
今年度の教職員サッカーが先日行われた。相手は島田工業。結果は既に御存じかな。
斎藤監督から発表された先発メンバーでは、ゴールキーパー鈴木亮、
私は右サイドの前、得点を含めた活躍が期待されるポジションだった。
あれ、話が違うじゃん。散々「ゴールキーパー頼みますよ」って言ってたくせに。
確かに私より亮先生の方が頼りになるけどさー。
ちなみに残りのメンバーは、DFセンターバックに榊原誠一郎、右が山本修平、左に事務室水野、
MFは斎藤監督を真ん中に、右が水野晴弘、左に池住秀夫、
そして私の逆サイドには新加入の渡仲正行、攻撃の要にはワントップで紅一点、岩田春菜が入ることになった。
さぁ試合開始、整列。
あれ…?いち、にぃ、さん、し…10人しかいないよ?
杉山先生が遅刻してた!早く早く!
でも杉山選手は慌てない。悠然とお着替え。その間に試合は始まる。
すると、いきなり右サイドの私にボールが来る。相手のディフェンダーもついてくる。
やだなぁ。どうしようか。小細工なんかできないよ…お、縦方向がガラ空き…よし、走って置き去りだ!
と、思ってボールを蹴り出しダッシュをかけた瞬間、足がもつれて転ぶ私。「運動会のお父さん」状態。
でも転んでも芝生だから痛くないわ。ほほほ。
会場に着いてからトイレまで走っただけでは体があったまってなかったか…。
この転倒でハーフタイムには監督から「明らかにアップ不足でしょ」とダメ出しされることになる。
はい、そのとおりです、すいません。
しかし、その後も再三私を走らせるスルーパスが出る。
森田走る。でも追いつかない。
またボールが転がる。森田走る。でも追いつかない。
…もうヘロヘロです。
応援席に園先生の幻影が見えちゃうくらい、酸素不足で脳がやられてる、と思ったら本物だったらしい。
私の雄姿がそんなに見たかったか。だが前半はそんなこんなで終了。
で、後半、遅れてきた得点王・杉山選手が何度もゴールを襲う。が、相手キーパーがうまい。
森田はそのおこぼれをあずかろうと、虎視眈々〔コシタンタン:虎が獲物を狙うように、じっと機会を狙う様子。ガオー〕。
お、こぼれ球!押し込める!
でも足を伸ばすが蹴りきれない。
アウトサイドに当てるのが精一杯でキーパー余裕のキャッチ。くそー。
得点を入れなければひとりごとのネタが…と思ったその直後、
ペナルティエリアの外で斎藤監督がフリーでボールを受ける。遠目からミドルシュート!
「やった、これはキーパーがはじいたところを、詰めていた森田が押し込んでゴール、というパターンだ!
これでひとりごとが書ける!ありがとう斎藤監督!」
…と思ったのにあれ、ボールはゴールに吸い込まれた。
ちょっと!キーパー何やってんのよ!ちゃんとはじきなさいよ!
まぁ事実は、果敢にゴール前に詰めてきたこの私の動きに、
キーパーが一瞬ボールから目を離したことによって生まれたゴールなのだから、半分以上私の得点だけどね。
誰も気づいてないけど。うん、そういうことにしておこう。
結局この虎の子の1点を、ゴールキーパー亮選手のファインセーブで守り切って勝ったというわけ。
次は少し間が空くけど、11月16日にvs島田商業。これに勝てば県大会。
「バレー部コンビがダメダメでしたよ」とは山本S平選手の言葉。
岩田選手頑張ってよ!
このために夏から走り込んできたのに!(嘘)
体育館でひそかにボールを蹴り込んでいたのに!(10分間)
努力が無駄じゃーん!……というネタで今回は書けるともくろんでいたのだが。
今年度の教職員サッカーが先日行われた。相手は島田工業。結果は既に御存じかな。
斎藤監督から発表された先発メンバーでは、ゴールキーパー鈴木亮、
私は右サイドの前、得点を含めた活躍が期待されるポジションだった。
あれ、話が違うじゃん。散々「ゴールキーパー頼みますよ」って言ってたくせに。
確かに私より亮先生の方が頼りになるけどさー。
ちなみに残りのメンバーは、DFセンターバックに榊原誠一郎、右が山本修平、左に事務室水野、
MFは斎藤監督を真ん中に、右が水野晴弘、左に池住秀夫、
そして私の逆サイドには新加入の渡仲正行、攻撃の要にはワントップで紅一点、岩田春菜が入ることになった。
さぁ試合開始、整列。
あれ…?いち、にぃ、さん、し…10人しかいないよ?
杉山先生が遅刻してた!早く早く!
でも杉山選手は慌てない。悠然とお着替え。その間に試合は始まる。
すると、いきなり右サイドの私にボールが来る。相手のディフェンダーもついてくる。
やだなぁ。どうしようか。小細工なんかできないよ…お、縦方向がガラ空き…よし、走って置き去りだ!
と、思ってボールを蹴り出しダッシュをかけた瞬間、足がもつれて転ぶ私。「運動会のお父さん」状態。
でも転んでも芝生だから痛くないわ。ほほほ。
会場に着いてからトイレまで走っただけでは体があったまってなかったか…。
この転倒でハーフタイムには監督から「明らかにアップ不足でしょ」とダメ出しされることになる。
はい、そのとおりです、すいません。
しかし、その後も再三私を走らせるスルーパスが出る。
森田走る。でも追いつかない。
またボールが転がる。森田走る。でも追いつかない。
…もうヘロヘロです。
応援席に園先生の幻影が見えちゃうくらい、酸素不足で脳がやられてる、と思ったら本物だったらしい。
私の雄姿がそんなに見たかったか。だが前半はそんなこんなで終了。
で、後半、遅れてきた得点王・杉山選手が何度もゴールを襲う。が、相手キーパーがうまい。
森田はそのおこぼれをあずかろうと、虎視眈々〔コシタンタン:虎が獲物を狙うように、じっと機会を狙う様子。ガオー〕。
お、こぼれ球!押し込める!
でも足を伸ばすが蹴りきれない。
アウトサイドに当てるのが精一杯でキーパー余裕のキャッチ。くそー。
得点を入れなければひとりごとのネタが…と思ったその直後、
ペナルティエリアの外で斎藤監督がフリーでボールを受ける。遠目からミドルシュート!
「やった、これはキーパーがはじいたところを、詰めていた森田が押し込んでゴール、というパターンだ!
これでひとりごとが書ける!ありがとう斎藤監督!」
…と思ったのにあれ、ボールはゴールに吸い込まれた。
ちょっと!キーパー何やってんのよ!ちゃんとはじきなさいよ!
まぁ事実は、果敢にゴール前に詰めてきたこの私の動きに、
キーパーが一瞬ボールから目を離したことによって生まれたゴールなのだから、半分以上私の得点だけどね。
誰も気づいてないけど。うん、そういうことにしておこう。
結局この虎の子の1点を、ゴールキーパー亮選手のファインセーブで守り切って勝ったというわけ。
次は少し間が空くけど、11月16日にvs島田商業。これに勝てば県大会。
「バレー部コンビがダメダメでしたよ」とは山本S平選手の言葉。
岩田選手頑張ってよ!
Posted by 川高 at
13:43
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2011年10月26日
娘 生誕3
さて、しつこいくらい長引いている娘ネタ。いよいよ完結。
それにしても、いまだに他学年の生徒から「名前は何ですか?」と質問を受ける。
ちゃんと弟、妹がいる人は伝えておいてくださいよ。お父さんやお母さんやおじいちゃんやおばあちゃんにも。
森田が個人的なことを書いているだけだと思ったら大間違い。
「私の好きな森田先生に二人目の子どもが産まれたんだよ!」
「あら、そう!」
「へー、名前は何てつけたんじゃい?」
「森田先生の娘ならかわいいだろうねぇ」と、食卓での会話に一役買って、
家族のコミュニケーションを促そうという狙いも実はあるのだよ。うんうん。
素晴らしいでしょ、この「ひとりごと」。
―― 丸い。
第一印象はそんな感じだったのだが、明日には実際に抱っこをさせてもらえるとのこと。
そこで、名付けに関しても明日まで保留としておく。マルマルモリモリ…。
そして次の日、再び病院へ。
体温を測って、丁寧に手を洗って、消毒して、マスクもして、専用の服をはおって、完全装備。
いよいよ我が娘を抱く時が来た。
看護師さんが私に手渡してくれる。
…は、軽い。
しかし、軽さの中にあるその重みに、図らずも命の重みを覚える。
…じんわりと涙が出てきた。
あれ、息子の青の時には涙が出た記憶はないのに、なんで今回は…。
不思議に思って後日、2年前の「ひとりごと」を確認すると、何の事はない、
青の時には看護師が抱かせてくれなかっただけだった(http://syuninhitorigoto.eshizuoka.jp/e452898.html参照)。
父は出産に立ち会ってその場にいたにもかかわらず。
父は消毒した両手を広げて待ち構えていたにもかかわらず。
父は今さらながら怒りが込み上げてきたが、めでたい話の最中だ、話を戻そう。
娘を胸に抱き、顔をじっと見つめる。
やっぱり丸い…。顔は赤いなぁ、桃みたい…。
森田マル…森田モモ…どちらも捨てがたいが…。
「…森田ハルでどう?晴れるで『晴』ちゃん」
青が産まれた時同様、この日も秋晴れのいい天気だった。
今日のような爽やかで気持ちのいい、そんな女性になってほしい。
さりげなく青の字も入ってるし、兄と妹のつながりも見える。
「いいよ。岡山は『晴れのくに おかやま』っていうしね」と妻。
え?何それ本当?
岡山県は、降水量1mm未満の日が全国で最も多いらしく、そういうキャッチコピーで売り出しているらしい。
いいじゃん。
これから我が家では「晴(ハル)のくに おかやま」と呼ぶことにしよう。本籍は静岡だけど。
というわけで、君の名前が決まったのだよ、晴。
ハルナとかハルヒロとか、なんか似た名前の人は多いかもしれないけど、そういう人たちとは一味違った人間になりなさい。
どこかのおばあちゃんみたいだけども、「おハルさん」と人から呼ばれて敬愛されるような、素敵な人物になるのです。
お父さんみたいに。
それから、もし君に弟か妹ができたとしても、「青」が入った漢字を名前につけるわけではないですよ。
「森田 サバ」なんて名前にはしないから安心しなさい。
****************************************************
添付の写真は、新聞を読む我が息子(2歳)であります。
生徒に配付した裏面に関連して載せたものです。
2歳にして新聞読むなんて、父に似て優秀な息子だ、
とみなさんお思いでしょうが、岡山のじいじの真似をしているところです。
それにしても、いまだに他学年の生徒から「名前は何ですか?」と質問を受ける。
ちゃんと弟、妹がいる人は伝えておいてくださいよ。お父さんやお母さんやおじいちゃんやおばあちゃんにも。
森田が個人的なことを書いているだけだと思ったら大間違い。
「私の好きな森田先生に二人目の子どもが産まれたんだよ!」
「あら、そう!」
「へー、名前は何てつけたんじゃい?」
「森田先生の娘ならかわいいだろうねぇ」と、食卓での会話に一役買って、
家族のコミュニケーションを促そうという狙いも実はあるのだよ。うんうん。
素晴らしいでしょ、この「ひとりごと」。
―― 丸い。
第一印象はそんな感じだったのだが、明日には実際に抱っこをさせてもらえるとのこと。
そこで、名付けに関しても明日まで保留としておく。マルマルモリモリ…。
そして次の日、再び病院へ。
体温を測って、丁寧に手を洗って、消毒して、マスクもして、専用の服をはおって、完全装備。
いよいよ我が娘を抱く時が来た。
看護師さんが私に手渡してくれる。
…は、軽い。
しかし、軽さの中にあるその重みに、図らずも命の重みを覚える。
…じんわりと涙が出てきた。
あれ、息子の青の時には涙が出た記憶はないのに、なんで今回は…。
不思議に思って後日、2年前の「ひとりごと」を確認すると、何の事はない、
青の時には看護師が抱かせてくれなかっただけだった(http://syuninhitorigoto.eshizuoka.jp/e452898.html参照)。
父は出産に立ち会ってその場にいたにもかかわらず。
父は消毒した両手を広げて待ち構えていたにもかかわらず。
父は今さらながら怒りが込み上げてきたが、めでたい話の最中だ、話を戻そう。
娘を胸に抱き、顔をじっと見つめる。
やっぱり丸い…。顔は赤いなぁ、桃みたい…。
森田マル…森田モモ…どちらも捨てがたいが…。
「…森田ハルでどう?晴れるで『晴』ちゃん」
青が産まれた時同様、この日も秋晴れのいい天気だった。
今日のような爽やかで気持ちのいい、そんな女性になってほしい。
さりげなく青の字も入ってるし、兄と妹のつながりも見える。
「いいよ。岡山は『晴れのくに おかやま』っていうしね」と妻。
え?何それ本当?
岡山県は、降水量1mm未満の日が全国で最も多いらしく、そういうキャッチコピーで売り出しているらしい。
いいじゃん。
これから我が家では「晴(ハル)のくに おかやま」と呼ぶことにしよう。本籍は静岡だけど。
というわけで、君の名前が決まったのだよ、晴。
ハルナとかハルヒロとか、なんか似た名前の人は多いかもしれないけど、そういう人たちとは一味違った人間になりなさい。
どこかのおばあちゃんみたいだけども、「おハルさん」と人から呼ばれて敬愛されるような、素敵な人物になるのです。
お父さんみたいに。
それから、もし君に弟か妹ができたとしても、「青」が入った漢字を名前につけるわけではないですよ。
「森田 サバ」なんて名前にはしないから安心しなさい。
****************************************************
添付の写真は、新聞を読む我が息子(2歳)であります。
生徒に配付した裏面に関連して載せたものです。
2歳にして新聞読むなんて、父に似て優秀な息子だ、
とみなさんお思いでしょうが、岡山のじいじの真似をしているところです。
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17:16
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2011年10月23日
娘 生誕2
もう娘の名前も知れ渡ったことだし、ことさら書く内容もないのだが…後に「晴」が大きくなってからこれを読んで、
「お父さんてこの頃から面白くて素敵だったのね!」と言えるよう、続きを書いておくことにする。
いつもにも増しての内輪ネタ、喜んで読むのは私の妻だけかもしれぬが…、許していただきたい。いつものことだ。
そんなわけで岡山へ到着。
10月にしては暖かい。むしろ暑いくらいだ。
駅にはお義父さまが、わざわざ車でお迎えに来てくださった。恐縮です。
「いやぁ、おめでとうございます」とお義父さま。
「いえいえ、こちらこそおめでとうございます」と2児の父。
なんだかよくわからないやりとりから始まってしまった車内の会話。
考えてみれば、車内でお義父さまと二人きりという状況は初めてだ。ぎこちない空気が生まれるのは仕方ない。
さて、そのまま病院に行くのかと思いきや、面会時間も決められているようで、一旦妻の実家の方へ。
お義姉さまと二人の姪っ子もいるらしい。そして愛しの青くんも。
父さんはこの1ヶ月、どれだけ青くんに会いたかったことか。
産まれた赤ちゃんに会いたいのはもちろんだが、青ちゃんにだって会いたいのだ。
高鳴る胸を抑えつつ、実家の玄関へと足を踏み入れる。
お義母さま、お義姉さま、姪っ子たちがお出迎え。そして最後にトットットっとやってきたのは、…「トゥサン!」
9月に別れた時には、私を指さして「ト!ト!」としか言えなかったのに、この1ヶ月で成長したねぇ。うるうる。
君に会えない寂しさを紛らわすために、父さんは食卓に君の写真を並べていたのよ。
写真は昔のものばかりだったから、なおさら君が大きくなった気がするわ。
久しぶりに息子を抱っこして至福の時。
ではあるが、姪っ子も抱っこをせがんでくるので両腕抱っこになる。…うん、なかなか大変ね、これは。
しかし、私ももう2児の父なのだ。今からこうやって鍛えておく必要がある。筋トレだ筋トレ。
ひとしきり子どもたちと戯れ、お茶もいただき、落ち着いたところで、さぁ病院である。
お義父さま達も、まだ赤ちゃんには会っていない。みんなワクワクである。
ちなみに私は妻とも約1ヶ月ぶりの再会であり、赤ちゃんや青ちゃん同様、
妻ちゃんにも会える喜びは隠せないのだが、ま、隠せないから敢えてこちらに書く必要もないということで、
紙面の都合上、割愛。
病院へ到着。新生児室へ向かう。
エレベーターを降りると、目の前のガラスの向こうに、何人もの赤ちゃんが並んでいる。
どこだ…?
お義父さんが1番奥にいるのを発見。
うわぁと駆け寄るみんな。カメラや携帯を取り出し撮影を始める。
…あの、父親にもちょっと娘の顔を見せてください。皆さんが壁となって見えないんですけど。
私の声が聞こえたか、お義母さんが「あら、オトウサンにも見せてあげないと」と気づいてくれる。
ようやく初対面を果たす父と娘。
…いや~ん、まん丸な顔。ちっちゃい。
…森田「マル」。そんな名前が頭に浮かんだ。
マルマルモリモリで旬な名前か?
さて、どうしよう。
(気になる名前はどうなった?次号を乞うご期待!)
隣からのぞき込んで「あれ、まだお名前公表してないんですか?」と普通に質問しないでください、I故海先生。
「お父さんてこの頃から面白くて素敵だったのね!」と言えるよう、続きを書いておくことにする。
いつもにも増しての内輪ネタ、喜んで読むのは私の妻だけかもしれぬが…、許していただきたい。いつものことだ。
そんなわけで岡山へ到着。
10月にしては暖かい。むしろ暑いくらいだ。
駅にはお義父さまが、わざわざ車でお迎えに来てくださった。恐縮です。
「いやぁ、おめでとうございます」とお義父さま。
「いえいえ、こちらこそおめでとうございます」と2児の父。
なんだかよくわからないやりとりから始まってしまった車内の会話。
考えてみれば、車内でお義父さまと二人きりという状況は初めてだ。ぎこちない空気が生まれるのは仕方ない。
さて、そのまま病院に行くのかと思いきや、面会時間も決められているようで、一旦妻の実家の方へ。
お義姉さまと二人の姪っ子もいるらしい。そして愛しの青くんも。
父さんはこの1ヶ月、どれだけ青くんに会いたかったことか。
産まれた赤ちゃんに会いたいのはもちろんだが、青ちゃんにだって会いたいのだ。
高鳴る胸を抑えつつ、実家の玄関へと足を踏み入れる。
お義母さま、お義姉さま、姪っ子たちがお出迎え。そして最後にトットットっとやってきたのは、…「トゥサン!」
9月に別れた時には、私を指さして「ト!ト!」としか言えなかったのに、この1ヶ月で成長したねぇ。うるうる。
君に会えない寂しさを紛らわすために、父さんは食卓に君の写真を並べていたのよ。
写真は昔のものばかりだったから、なおさら君が大きくなった気がするわ。
久しぶりに息子を抱っこして至福の時。
ではあるが、姪っ子も抱っこをせがんでくるので両腕抱っこになる。…うん、なかなか大変ね、これは。
しかし、私ももう2児の父なのだ。今からこうやって鍛えておく必要がある。筋トレだ筋トレ。
ひとしきり子どもたちと戯れ、お茶もいただき、落ち着いたところで、さぁ病院である。
お義父さま達も、まだ赤ちゃんには会っていない。みんなワクワクである。
ちなみに私は妻とも約1ヶ月ぶりの再会であり、赤ちゃんや青ちゃん同様、
妻ちゃんにも会える喜びは隠せないのだが、ま、隠せないから敢えてこちらに書く必要もないということで、
紙面の都合上、割愛。
病院へ到着。新生児室へ向かう。
エレベーターを降りると、目の前のガラスの向こうに、何人もの赤ちゃんが並んでいる。
どこだ…?
お義父さんが1番奥にいるのを発見。
うわぁと駆け寄るみんな。カメラや携帯を取り出し撮影を始める。
…あの、父親にもちょっと娘の顔を見せてください。皆さんが壁となって見えないんですけど。
私の声が聞こえたか、お義母さんが「あら、オトウサンにも見せてあげないと」と気づいてくれる。
ようやく初対面を果たす父と娘。
…いや~ん、まん丸な顔。ちっちゃい。
…森田「マル」。そんな名前が頭に浮かんだ。
マルマルモリモリで旬な名前か?
さて、どうしよう。
(気になる名前はどうなった?次号を乞うご期待!)
隣からのぞき込んで「あれ、まだお名前公表してないんですか?」と普通に質問しないでください、I故海先生。
Posted by 川高 at
13:19
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2011年10月11日
娘 生誕
私は今、新幹線の車内である。
パソコンは持ち合わせていないため、携帯電話で文章作成中。ケータイ小説ならぬケータイひとりごと。
本日10月9日10時18分、森田家に二人目の子ども、2696グラムの女の子が誕生した。
パチパチパチ。ありがとうありがとう。
お祝いは評議委員がとりまとめて持ってきてください。
今日の朝、いつものように執事のモーニングコールで起きた私は、軽い筋肉痛の体をガウンに包みこむ。
キッチンからはバリスタが豆から挽いているコーヒーの香りが漂ってきた。いい香りだ。
しかし気分はいいが、この香りは逆に眠気を誘ってしまう。気分を変えなければ。
薔薇の香りの洗顔フォームを泡立て、私は白い繭玉の中へ顔をうずめた。
柔らかな泡が包み込んでくれる。さっぱりと目が覚めた。
ふと鏡の中の自分と目が合う。昨晩のパーティーの影響か、お肌の調子はあまり良くない。
今日は部活の練習試合だし、ナチュラルメイクでお肌を休ませよう。
スタイリストに頼むまでもないな、一人でできるもん…と、ファンデーションを手に取ったその矢先、携帯が鳴った。
こんな朝早くに鳴るなんて、「いいとも」の出演依頼の時間には早すぎるし…。
ハッと現実に戻される。夢の続きを見て寝ぼけている場合ではない、目を覚ませ。
画面を見ずともわかった。あぁ始まったんだなと。予想通り妻からである。
「地震が来たかと思った」
妻は痛くてあまり話せないようだ。とりあえず今から岡山に向かった方がよいか聞いてみた。
当初の予定では、妻の退院に合わせて週末に岡山へ行くことになっていた。
今回の病院は立ち会い出産もできず、家族といえども退院まで子どもを抱かせない方針らしいので、
駆けつけても意味がないからである。
無論、今から岡山へ駆けつけても間に合わないと思われた。
一人目の時のように、病院へ入って2時間のスピード出産であればなおさらである。
妻は痛みに耐えながら、「まぁ来週でいいかな…」と答えた。
そこで夫は「私の笑顔を思い出して頑張れ」と、言いたかったが冗談が通じないような状態だったので言わずに電話を切った。
が、その後で落ち着いて考えてみる。
長年一緒にいる、あの妻のことだ。
…行った方がいいな、うん、間違いない。
来なくてもいいと言いながらも、気が変わることは予想された。
立ち会うことは難しいが、産まれた後で私に会いたくなるだろう。
あの、私を愛している妻のことだもの。
あるいは、ここで妻の言葉にしたがってそのまま部活に行けば、
後々「アタシが痛みと闘ってる時に、アナタはかわいい高校生といちゃいちゃしちゃって…」などと一生文句を言われ、
「だって来なくていいって言ったろ、そもそもバレー部の生徒がかわいいなんてことは…」という
誰が考えても正論である夫の主張は、妻の感情論の前では無意味になることが明らかだった、
なんてことウチの妻にかぎってあるわけないのだけどね、できた妻だから、うんうん…。
妻から発行禁止命令が出ないよう、これ以上は続けるのはやめておくが、
てなわけで、岩田先生に「そういうわけで」と部活を休ませてもらう電話をし、
急いで支度をして電車に乗り込んだ私。
しばらくすると妻からのメール。
「今(陣痛が)3分おきだけど、部活行った?抱っこさせてもらえそうだけど、来ないよね?」
さすが私。
「来ないよね?」というのは「来て」という意味であることは言うまでもない。
女性というのは、どうしてこう物事を直接言わないのかしらねぇ。「愛してる」ははっきり言うくせに。
まぁそんなことを考えながら、私は愛する妻の元へと向かうのであった。
(つづく。気になる娘の名前は…ヒミツ!)
パソコンは持ち合わせていないため、携帯電話で文章作成中。ケータイ小説ならぬケータイひとりごと。
本日10月9日10時18分、森田家に二人目の子ども、2696グラムの女の子が誕生した。
パチパチパチ。ありがとうありがとう。
お祝いは評議委員がとりまとめて持ってきてください。
今日の朝、いつものように執事のモーニングコールで起きた私は、軽い筋肉痛の体をガウンに包みこむ。
キッチンからはバリスタが豆から挽いているコーヒーの香りが漂ってきた。いい香りだ。
しかし気分はいいが、この香りは逆に眠気を誘ってしまう。気分を変えなければ。
薔薇の香りの洗顔フォームを泡立て、私は白い繭玉の中へ顔をうずめた。
柔らかな泡が包み込んでくれる。さっぱりと目が覚めた。
ふと鏡の中の自分と目が合う。昨晩のパーティーの影響か、お肌の調子はあまり良くない。
今日は部活の練習試合だし、ナチュラルメイクでお肌を休ませよう。
スタイリストに頼むまでもないな、一人でできるもん…と、ファンデーションを手に取ったその矢先、携帯が鳴った。
こんな朝早くに鳴るなんて、「いいとも」の出演依頼の時間には早すぎるし…。
ハッと現実に戻される。夢の続きを見て寝ぼけている場合ではない、目を覚ませ。
画面を見ずともわかった。あぁ始まったんだなと。予想通り妻からである。
「地震が来たかと思った」
妻は痛くてあまり話せないようだ。とりあえず今から岡山に向かった方がよいか聞いてみた。
当初の予定では、妻の退院に合わせて週末に岡山へ行くことになっていた。
今回の病院は立ち会い出産もできず、家族といえども退院まで子どもを抱かせない方針らしいので、
駆けつけても意味がないからである。
無論、今から岡山へ駆けつけても間に合わないと思われた。
一人目の時のように、病院へ入って2時間のスピード出産であればなおさらである。
妻は痛みに耐えながら、「まぁ来週でいいかな…」と答えた。
そこで夫は「私の笑顔を思い出して頑張れ」と、言いたかったが冗談が通じないような状態だったので言わずに電話を切った。
が、その後で落ち着いて考えてみる。
長年一緒にいる、あの妻のことだ。
…行った方がいいな、うん、間違いない。
来なくてもいいと言いながらも、気が変わることは予想された。
立ち会うことは難しいが、産まれた後で私に会いたくなるだろう。
あの、私を愛している妻のことだもの。
あるいは、ここで妻の言葉にしたがってそのまま部活に行けば、
後々「アタシが痛みと闘ってる時に、アナタはかわいい高校生といちゃいちゃしちゃって…」などと一生文句を言われ、
「だって来なくていいって言ったろ、そもそもバレー部の生徒がかわいいなんてことは…」という
誰が考えても正論である夫の主張は、妻の感情論の前では無意味になることが明らかだった、
なんてことウチの妻にかぎってあるわけないのだけどね、できた妻だから、うんうん…。
妻から発行禁止命令が出ないよう、これ以上は続けるのはやめておくが、
てなわけで、岩田先生に「そういうわけで」と部活を休ませてもらう電話をし、
急いで支度をして電車に乗り込んだ私。
しばらくすると妻からのメール。
「今(陣痛が)3分おきだけど、部活行った?抱っこさせてもらえそうだけど、来ないよね?」
さすが私。
「来ないよね?」というのは「来て」という意味であることは言うまでもない。
女性というのは、どうしてこう物事を直接言わないのかしらねぇ。「愛してる」ははっきり言うくせに。
まぁそんなことを考えながら、私は愛する妻の元へと向かうのであった。
(つづく。気になる娘の名前は…ヒミツ!)
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16:58
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2011年10月03日
台風でお泊まり2
帰れるのか帰れないのか、道路は復旧するのかしないのか、期待と不安が錯綜する職員室。
いつもとは違った空気である。
だが私は早々と見切りをつけ、学校へ泊まることを決意していた。
なんせ今は期間限定独身の身。家に帰らずとも問題ない。
台風で帰れずに学校に寝泊まり…わくわく。← 不謹慎。
よし、今こそ日頃の備えが役立つ時だ!
そうと決まれば宿泊の準備である。
未だ帰れることを期待する先生方を横目に、お泊まりセットを確認。
着替えオッケー、タオルオッケー、パンツもオッケー♪ …あ、シャンプーがない。
私が痛恨のミスに動揺を隠せずにいた頃、職員室にはコンビニから買い占められた食料が届けられた。
痩せているのに太っ腹、校長先生のポケットマネーによる差し入れである。
おむすび、いなりずし、サラダ巻きに丼、なぜかたこ焼きもある。
さぁどう分配するか。生き残りをかけたサバイバルゲームの始まりか?
そこはオトナの先生方。奪い合いだなんてそんなコドモみたいなことはしない。
誰が言い出したか、「じゃんけん大会」の勝者から選んでいく方法になった。うん、オトナだ。
AKBにも負けない盛り上がりを見せ、妙なテンションの職員室。
ちなみに初戦の勝者はI住先生。
喜色満面でピースまでして記念撮影なんて、困るなぁ大のオトナが。
「いざとなればカヌーで川を下って帰れるくせに、食料くらい遠慮しろ!」…なんてことは誰も言わない。思っているだけ。
そんなこんなで公平に食料は配給された。
すると空腹が満たされて余裕が出てきたか、
そのI住先生と手下のIWT先生がオセロをたくさん職員室に持ち出してきた
(学校のとある場所に、なぜだか20近くのオセロがあるのです)。
じゃんけん大会に続いてオセロ大会の始まり。
私は強すぎるので特別シード(決して仲間はずれにされていたわけではない)、時々試合の様子をチラチラと観察していた。
見ている限りS山先生がなかなか強かった。
しかし、そのS山先生を圧倒的な差で破ったI故海先生はかなりの強者ね。
「えー、私弱いからー」と始まる前に言っていたくせに。
彼女は悪女だ。気をつけよう。
だが、その悪女も女性職員にとっては天使に見えたことであろう。
川根在住の彼女は、その後自宅からタオルや着替えの差し入れを持ってきた(女性職員用)。
同じく川根在住のN園先生も負けていない。
数多くの食料に加え、「シャンプーや石けん持ってきたんで使ってください、友人が勤めている会社のモノで…」と言い残し、
ついでに薔薇の香りも残して去っていった。
いい匂いに誘われ確認してみると、ボディーソープにコンディショナー、薔薇の香りの石けん、
もひとつおまけにボディーソープ…ちょっと、シャンプーがないではないか。
私が唯一必要としていたシャンプーが。
シャンプーを持ってこずにコンディショナーを持ってくるとはかなり高度な嫌がらせだ。…彼も相当なワルか。
いや、そもそも他にもY幡・S藤という川根在住組がいるはず。
なぜ彼らは何も差し入れを持ってこないのだ!?
彼らこそ本当のワルだな。くそ、そんな奴らに負けてたまるか。シャンプーがなくとも私は生き残ってやる!
結局シャンプーはS平先生がコンビニから手に入れたものを横取りし、事なきを得たが、
お泊まりセットの中にはドライヤーもあると便利だなということもわかった。
諸君の中にも今回避難した人もいたのではなかろうか。
地震にしろ台風にしろ受験勉強にしろ、やっぱり日頃の備えは大事ですな。
備えあればうれしいな、である。
****************************************************
今回のブログの内容は、先週配付済みのものです。
ブログはタイムラグがあるのですが(単に私の怠慢でもありますが)、
本日発行の「ひとりごと」には、体育祭特集号ということで先週金曜日に行われました体育祭の写真を載せてあります。
こちらのブログに掲載しても生徒の顔を伏せる形になり、あまり意味がないため、アナログでの配付のみといたします。
保護者の方は、お子さんに声をかけて御覧になってください。
いつもとは違った空気である。
だが私は早々と見切りをつけ、学校へ泊まることを決意していた。
なんせ今は期間限定独身の身。家に帰らずとも問題ない。
台風で帰れずに学校に寝泊まり…わくわく。← 不謹慎。
よし、今こそ日頃の備えが役立つ時だ!
そうと決まれば宿泊の準備である。
未だ帰れることを期待する先生方を横目に、お泊まりセットを確認。
着替えオッケー、タオルオッケー、パンツもオッケー♪ …あ、シャンプーがない。
私が痛恨のミスに動揺を隠せずにいた頃、職員室にはコンビニから買い占められた食料が届けられた。
痩せているのに太っ腹、校長先生のポケットマネーによる差し入れである。
おむすび、いなりずし、サラダ巻きに丼、なぜかたこ焼きもある。
さぁどう分配するか。生き残りをかけたサバイバルゲームの始まりか?
そこはオトナの先生方。奪い合いだなんてそんなコドモみたいなことはしない。
誰が言い出したか、「じゃんけん大会」の勝者から選んでいく方法になった。うん、オトナだ。
AKBにも負けない盛り上がりを見せ、妙なテンションの職員室。
ちなみに初戦の勝者はI住先生。
喜色満面でピースまでして記念撮影なんて、困るなぁ大のオトナが。
「いざとなればカヌーで川を下って帰れるくせに、食料くらい遠慮しろ!」…なんてことは誰も言わない。思っているだけ。
そんなこんなで公平に食料は配給された。
すると空腹が満たされて余裕が出てきたか、
そのI住先生と手下のIWT先生がオセロをたくさん職員室に持ち出してきた
(学校のとある場所に、なぜだか20近くのオセロがあるのです)。
じゃんけん大会に続いてオセロ大会の始まり。
私は強すぎるので特別シード(決して仲間はずれにされていたわけではない)、時々試合の様子をチラチラと観察していた。
見ている限りS山先生がなかなか強かった。
しかし、そのS山先生を圧倒的な差で破ったI故海先生はかなりの強者ね。
「えー、私弱いからー」と始まる前に言っていたくせに。
彼女は悪女だ。気をつけよう。
だが、その悪女も女性職員にとっては天使に見えたことであろう。
川根在住の彼女は、その後自宅からタオルや着替えの差し入れを持ってきた(女性職員用)。
同じく川根在住のN園先生も負けていない。
数多くの食料に加え、「シャンプーや石けん持ってきたんで使ってください、友人が勤めている会社のモノで…」と言い残し、
ついでに薔薇の香りも残して去っていった。
いい匂いに誘われ確認してみると、ボディーソープにコンディショナー、薔薇の香りの石けん、
もひとつおまけにボディーソープ…ちょっと、シャンプーがないではないか。
私が唯一必要としていたシャンプーが。
シャンプーを持ってこずにコンディショナーを持ってくるとはかなり高度な嫌がらせだ。…彼も相当なワルか。
いや、そもそも他にもY幡・S藤という川根在住組がいるはず。
なぜ彼らは何も差し入れを持ってこないのだ!?
彼らこそ本当のワルだな。くそ、そんな奴らに負けてたまるか。シャンプーがなくとも私は生き残ってやる!
結局シャンプーはS平先生がコンビニから手に入れたものを横取りし、事なきを得たが、
お泊まりセットの中にはドライヤーもあると便利だなということもわかった。
諸君の中にも今回避難した人もいたのではなかろうか。
地震にしろ台風にしろ受験勉強にしろ、やっぱり日頃の備えは大事ですな。
備えあればうれしいな、である。
****************************************************
今回のブログの内容は、先週配付済みのものです。
ブログはタイムラグがあるのですが(単に私の怠慢でもありますが)、
本日発行の「ひとりごと」には、体育祭特集号ということで先週金曜日に行われました体育祭の写真を載せてあります。
こちらのブログに掲載しても生徒の顔を伏せる形になり、あまり意味がないため、アナログでの配付のみといたします。
保護者の方は、お子さんに声をかけて御覧になってください。
Posted by 川高 at
17:07
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2011年09月28日
(追加)
今回の裏面です。

この漫画家は、今はもう豊橋を越えています。
静岡のあちこちの本屋さんにも立ち寄ってますから、みなさんもポップを見かけるかもしれませんね。
http://blog.comsho.com/gessanyokoyama/

この漫画家は、今はもう豊橋を越えています。
静岡のあちこちの本屋さんにも立ち寄ってますから、みなさんもポップを見かけるかもしれませんね。
http://blog.comsho.com/gessanyokoyama/
Posted by 川高 at
18:41
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2011年09月28日
台風でお泊まり
これは書かずにはいられまい。
ただいま時刻は21時30分。日付は9月21日。
そう、学校が台風で休校になった日の夜である。
現在、職員室には9名の男性職員。
数学教室から運び込まれた綺麗な液晶テレビでサッカーを見ている。
みんなサッカーが大好きなのだ、ということでもない。半ば仕方なくそうしている。
この「ひとりごと」が届く頃には既に耳にしていることであろう。そうなのだ、我々は帰宅難民なのである。
こんなことは10年に1度あるかないかではないか。
女性職員は5名、セミナーハウスへ早々と移動した。
我々もサッカーが終了次第、セミナーへ移動する予定。
今日はみんなでお泊まり会である。わーいわーい。←不謹慎。
台風が上陸した今日の午後、I住先生が早めに帰ろうとした。
それに続いてM野先生、F井先生も帰宅の途につく。
それから10数分後、SKB先生やIWT先生の所に彼らから電話が入った。
水川の付近がもう危ない、川の水があふれている、早く帰った方がよい、と。
その連絡を聞いて慌てて帰る先生方。
学校に残ったのは川根在住のY幡、I故海、N園の他、須DO、K松、そして私。
川根在住組以外は国語科3名、それは偶然に過ぎない。
須DO、K松、両先生はエラい人だから、何かあった時の対応をするためである。
しかし、私はただ単に仕事がたまっていただけである。
それと、別に今は気楽な独り身なので、帰れなくなってもいいやーと思っていたのである。
そもそも帰れないという事態は私にとって想定の範囲内であり、心も体も準備できていたから「まぁいいやー」であった。
なぜ私がこんなにも余裕だったか。
それは、私が川根に赴任した年にさかのぼる。当時の教頭先生が、ある時ぽつりとつぶやいた。
「ここの学校は何かあったら、陸の孤島になってしまうからねぇ」
確かに!
それ以来、いざという時のために食料や着替えは常に用意していたのである。
それに加えて今年はあの大震災もあった。
もともと何かと計算高いモリタが、もしもの用意をしていないわけがない。
車にも防災セットは常備してある。
どんとこい。
台風が何だ!何があっても私は生き残るのだ!愛する妻と子を残して死ぬわけにはいかないのだー!!
鼻息も荒く、ひとり密かに宣言していた。フーフー。
私の鼻息が台風にさらなる勢いを与えたはずはないのだが、
それから30分が過ぎた頃、早退した先生方から新たな連絡が入る。
川根温泉の先で土砂崩れです → 地名の方からの抜け道で回ってみます →
こちらも倒木で通れません → みんな学校に戻ります…。
一気に人がいなくなった職員室は、さらに30分後再び賑やかさを取り戻していた。
無駄足を踏むことになった先生方に対して「慌てて帰らなくて得したな、ぷぷぷ」となんだか勝ち誇った気になってしまったなんてことは、
まさか、そんな、一切ありません。
(台風の夜はまだつづく)
ただいま時刻は21時30分。日付は9月21日。
そう、学校が台風で休校になった日の夜である。
現在、職員室には9名の男性職員。
数学教室から運び込まれた綺麗な液晶テレビでサッカーを見ている。
みんなサッカーが大好きなのだ、ということでもない。半ば仕方なくそうしている。
この「ひとりごと」が届く頃には既に耳にしていることであろう。そうなのだ、我々は帰宅難民なのである。
こんなことは10年に1度あるかないかではないか。
女性職員は5名、セミナーハウスへ早々と移動した。
我々もサッカーが終了次第、セミナーへ移動する予定。
今日はみんなでお泊まり会である。わーいわーい。←不謹慎。
台風が上陸した今日の午後、I住先生が早めに帰ろうとした。
それに続いてM野先生、F井先生も帰宅の途につく。
それから10数分後、SKB先生やIWT先生の所に彼らから電話が入った。
水川の付近がもう危ない、川の水があふれている、早く帰った方がよい、と。
その連絡を聞いて慌てて帰る先生方。
学校に残ったのは川根在住のY幡、I故海、N園の他、須DO、K松、そして私。
川根在住組以外は国語科3名、それは偶然に過ぎない。
須DO、K松、両先生はエラい人だから、何かあった時の対応をするためである。
しかし、私はただ単に仕事がたまっていただけである。
それと、別に今は気楽な独り身なので、帰れなくなってもいいやーと思っていたのである。
そもそも帰れないという事態は私にとって想定の範囲内であり、心も体も準備できていたから「まぁいいやー」であった。
なぜ私がこんなにも余裕だったか。
それは、私が川根に赴任した年にさかのぼる。当時の教頭先生が、ある時ぽつりとつぶやいた。
「ここの学校は何かあったら、陸の孤島になってしまうからねぇ」
確かに!
それ以来、いざという時のために食料や着替えは常に用意していたのである。
それに加えて今年はあの大震災もあった。
もともと何かと計算高いモリタが、もしもの用意をしていないわけがない。
車にも防災セットは常備してある。
どんとこい。
台風が何だ!何があっても私は生き残るのだ!愛する妻と子を残して死ぬわけにはいかないのだー!!
鼻息も荒く、ひとり密かに宣言していた。フーフー。
私の鼻息が台風にさらなる勢いを与えたはずはないのだが、
それから30分が過ぎた頃、早退した先生方から新たな連絡が入る。
川根温泉の先で土砂崩れです → 地名の方からの抜け道で回ってみます →
こちらも倒木で通れません → みんな学校に戻ります…。
一気に人がいなくなった職員室は、さらに30分後再び賑やかさを取り戻していた。
無駄足を踏むことになった先生方に対して「慌てて帰らなくて得したな、ぷぷぷ」となんだか勝ち誇った気になってしまったなんてことは、
まさか、そんな、一切ありません。
(台風の夜はまだつづく)
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17:32
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2011年09月23日
もうすぐ2歳
私事ですが(いつもながら)、妻が息子を連れて実家に帰ってから、
早3週間が経とうとしております(妻の実家は岡山県)。
勘違いするでないぞ諸君。私は何も悪いことはしていない。
妻が実家に帰ったのは、来月産まれる2人目の出産に備えてだ。
つまり、私は久々の独身生活を謳歌(おうか)しつつある毎日であり、
それはそれで楽しいのであるが、
寂しさから目を背けているというのが事実でもある。
もちろん息子と会えない寂しさである。
いつもは私が家に帰ると走って駆け寄ってくる、
その存在のいないことが、どれだけ心の中に隙間風を吹かせることか。
「ダッコ!ダッコ!」と騒ぎ立てる息子。
「そうかそうか、そんなに父さんに会いたかったか」とうそぶいてみるが、
その後に続くのは「デンシャ!デンシャ!」。
何のことはない、息子は外に出て電車を見たいだけなのである。
「父さんの帰宅」=「抱っこしてもらえる」×「電車を見ることができる」という方程式。
父さんに「解なし」という答えはあり得ない。
(数分待って電車をやり過ごす)(「じゃあ今度はベランダから新幹線見よう!シンカンセン!」とごまかす)
という因数分解による解の公式を使わねば、父さんは家に入れてもらえない。
困った息子であるが、かわいいから許してしまうのだ。
かわいいもんだから、「ぞうさん」の替え歌で「セ~イくん、セ~イくん♪」とつい歌ってしまう。
もちろんサビは「そーよ、父さんも、かーわいいのーぅ♪」である。
ちなみに息子のお気に入りソングは数多くあれど、
なかでも確実に笑いがとれる鉄板ソングは「おもちゃのチャチャチャ」改め
「おもちゃのチュチュチュ」である。
諸君の予想通り「チャチャチャ」のところを「チュチュチュ」にして、
ほっぺにチューしてあげるのだ。
はい、そこ、キモイとか言わない。
たいていこの歌を歌うのは息子を寝かしつける時で、笑い疲れて眠らせようという魂胆である。
しかし、なかなか上手くはいかない。そんな時は潔く諦める。
息子に眠気が訪れることを、ベッドに横たわって辛抱強く待つ私。
…「踏んだり蹴ったり」って言葉を父さんは改めて実感しているよ。
顔を左手、大事なところを右手という不完全防備で守る父さん。
がらあきなのは腹の上。
父さんの腹筋を鍛えてくれるなんて、この孝行息子め。
だが、もうおとなしく寝てくれてもよいのだぞ…。
…父さんの鼻の穴に興味を持たんでよい。
指をつっこんだら痛いって!鼻血が出てきたじゃないか!
…お水?騒いでるから喉が渇くのだよ…「ブクブク~、ペッ!」ってこら!
父さんの顔に吐き出すんじゃありません!
自分でやっておいてケラケラ笑うなんてどういうことですか!
そんなコントは昭和の時代です、今どき笑いはとれません!
父さんはただただ耐えるだけである。
睡魔よ、いや、「魔」だなんてとんでもない、睡眠の神様よ、
どうか彼に健やかな眠りをお与えください…(涙)。
それでも嵐が過ぎ去った後は穏やかなものである。
息子の寝顔はかわいいから、もとい、寝顔もかわいいから、父さんはいつだって許してしまうのだ。
そんな2歳になる息子の誕生日が近づいている。
しかし、父さんは一緒に祝うことができない。
息子に名前を付けた当初から、2歳の誕生日には「青二才」と書かれた紙を持たせて
写真撮影をしようと考えていたのに。あぁ。
仕方ないのはわかっちゃいるけど、寂しいなぁ。
でも、何よりも寂しいのは、愛する妻と会えないことなんだけどね(←この一言が夫婦円満の秘訣)。
早3週間が経とうとしております(妻の実家は岡山県)。
勘違いするでないぞ諸君。私は何も悪いことはしていない。
妻が実家に帰ったのは、来月産まれる2人目の出産に備えてだ。
つまり、私は久々の独身生活を謳歌(おうか)しつつある毎日であり、
それはそれで楽しいのであるが、
寂しさから目を背けているというのが事実でもある。
もちろん息子と会えない寂しさである。
いつもは私が家に帰ると走って駆け寄ってくる、
その存在のいないことが、どれだけ心の中に隙間風を吹かせることか。
「ダッコ!ダッコ!」と騒ぎ立てる息子。
「そうかそうか、そんなに父さんに会いたかったか」とうそぶいてみるが、
その後に続くのは「デンシャ!デンシャ!」。
何のことはない、息子は外に出て電車を見たいだけなのである。
「父さんの帰宅」=「抱っこしてもらえる」×「電車を見ることができる」という方程式。
父さんに「解なし」という答えはあり得ない。
(数分待って電車をやり過ごす)(「じゃあ今度はベランダから新幹線見よう!シンカンセン!」とごまかす)
という因数分解による解の公式を使わねば、父さんは家に入れてもらえない。
困った息子であるが、かわいいから許してしまうのだ。
かわいいもんだから、「ぞうさん」の替え歌で「セ~イくん、セ~イくん♪」とつい歌ってしまう。
もちろんサビは「そーよ、父さんも、かーわいいのーぅ♪」である。
ちなみに息子のお気に入りソングは数多くあれど、
なかでも確実に笑いがとれる鉄板ソングは「おもちゃのチャチャチャ」改め
「おもちゃのチュチュチュ」である。
諸君の予想通り「チャチャチャ」のところを「チュチュチュ」にして、
ほっぺにチューしてあげるのだ。
はい、そこ、キモイとか言わない。
たいていこの歌を歌うのは息子を寝かしつける時で、笑い疲れて眠らせようという魂胆である。
しかし、なかなか上手くはいかない。そんな時は潔く諦める。
息子に眠気が訪れることを、ベッドに横たわって辛抱強く待つ私。
…「踏んだり蹴ったり」って言葉を父さんは改めて実感しているよ。
顔を左手、大事なところを右手という不完全防備で守る父さん。
がらあきなのは腹の上。
父さんの腹筋を鍛えてくれるなんて、この孝行息子め。
だが、もうおとなしく寝てくれてもよいのだぞ…。
…父さんの鼻の穴に興味を持たんでよい。
指をつっこんだら痛いって!鼻血が出てきたじゃないか!
…お水?騒いでるから喉が渇くのだよ…「ブクブク~、ペッ!」ってこら!
父さんの顔に吐き出すんじゃありません!
自分でやっておいてケラケラ笑うなんてどういうことですか!
そんなコントは昭和の時代です、今どき笑いはとれません!
父さんはただただ耐えるだけである。
睡魔よ、いや、「魔」だなんてとんでもない、睡眠の神様よ、
どうか彼に健やかな眠りをお与えください…(涙)。
それでも嵐が過ぎ去った後は穏やかなものである。
息子の寝顔はかわいいから、もとい、寝顔もかわいいから、父さんはいつだって許してしまうのだ。
そんな2歳になる息子の誕生日が近づいている。
しかし、父さんは一緒に祝うことができない。
息子に名前を付けた当初から、2歳の誕生日には「青二才」と書かれた紙を持たせて
写真撮影をしようと考えていたのに。あぁ。
仕方ないのはわかっちゃいるけど、寂しいなぁ。
でも、何よりも寂しいのは、愛する妻と会えないことなんだけどね(←この一言が夫婦円満の秘訣)。
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17:31
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2011年09月14日
高校生クイズ
「『はやぶさ』の大気圏突入時の速度を求めなさい」
「宇宙の年齢を137億年とし、宇宙の大きさを計算せよ」
こんな問題が出たらどうしましょ。
私は「物理」を習っていないので答えられないのだが、理系の諸君なら解けるのだろうか。いや、おそらく無理なんでしょうな。
S原先生ならいざ知らず、高校生の君達ではできないでしょう。
でも、高校生でこれらの問題が解けてしまう人間もいるのだね。
先日放送された、「高校生クイズ選手権」の話である。
私は毎年そこそこ興味を持って見ているのだが、このテレビ番組、数年前から色合いが変わってきた。ご存じだろうか。
私が小学生の頃は、「高校生は料理だってできなきゃダメだ!ハンバーグを作りなさい!!」という問題が出されて
作ったハンバーグのおいしさが評価されたり、
「殺人事件が起きた、犯人を推理せよ!」みたいな謎解きクイズが出されたり、
あるいは決勝戦を富士山の頂上でやってみたり(つまりそこまで登らされる)で、やはりどこかエンターテイメント色があった。
それがいまや、そんなお遊び部分は一切排除され、本当に知識のみの問題だけで順位を競わせるようになった。
しかも常識問題ではなく、大人も知らないような問題・大人も解けないような問題ばかりである。
同じ高校生の諸君が見たらどう思うのですかね。大人の私が見たら、脱帽ですよ。
脱帽どころか脱毛ですよ。驚きで毛が抜けちゃうくらい唖然。敬服いたします。
だって早押し問題で、
「ミカンの皮をむくと…」
ピンポン!
「アルベド!」
「…正解!」
…なんのこっちゃ。正解だとしてもよくわからん。とにかく凄いことだけは伝わる。
このテレビを見たことがない人にその凄さが伝わるのか不安だが、
何にしても「その知識はどこで覚えるわけ?」そして「どこで使うの?」「この番組がなかったらいつ役立つの?」
と思われる答えを次々答えていく姿は圧巻である。
番組内でも時折聞いていたが、彼らはそのような知識を授業で耳にしたり辞書で目にしたりして覚えたのだという。
無論、興味があるから覚えるのでしょうな。
さらにはこんなことも述べていた。
たとえば、キリバスという国の国旗に太陽が描かれている。
それについて私ならなんとも思わないが、「なぜ太陽があるのだろう」と疑問に思うのが彼ら。
そして調べてみる。すると、その国は世界で最も早く太陽が昇る国 = 日付変更線に最も近い国という理由が明らかになる。
そういう経験があるから、この日クイズとして出題されて答えられた、と。
素晴らしきかなこの知的好奇心。
大切なのは「なぜだろう」と疑問に思う心、知りたいと思う欲求なのですな。
目の前の受験に向けて、目の色が変わっている(はずの)諸君。
学ぶことの根本にある知的好奇心は、心のどこかに置いといてくれたまえ。
試験だけを乗り切るための勉強にはせず、自分を高めるための勉強にしてちょうだい。
「宇宙の年齢を137億年とし、宇宙の大きさを計算せよ」
こんな問題が出たらどうしましょ。
私は「物理」を習っていないので答えられないのだが、理系の諸君なら解けるのだろうか。いや、おそらく無理なんでしょうな。
S原先生ならいざ知らず、高校生の君達ではできないでしょう。
でも、高校生でこれらの問題が解けてしまう人間もいるのだね。
先日放送された、「高校生クイズ選手権」の話である。
私は毎年そこそこ興味を持って見ているのだが、このテレビ番組、数年前から色合いが変わってきた。ご存じだろうか。
私が小学生の頃は、「高校生は料理だってできなきゃダメだ!ハンバーグを作りなさい!!」という問題が出されて
作ったハンバーグのおいしさが評価されたり、
「殺人事件が起きた、犯人を推理せよ!」みたいな謎解きクイズが出されたり、
あるいは決勝戦を富士山の頂上でやってみたり(つまりそこまで登らされる)で、やはりどこかエンターテイメント色があった。
それがいまや、そんなお遊び部分は一切排除され、本当に知識のみの問題だけで順位を競わせるようになった。
しかも常識問題ではなく、大人も知らないような問題・大人も解けないような問題ばかりである。
同じ高校生の諸君が見たらどう思うのですかね。大人の私が見たら、脱帽ですよ。
脱帽どころか脱毛ですよ。驚きで毛が抜けちゃうくらい唖然。敬服いたします。
だって早押し問題で、
「ミカンの皮をむくと…」
ピンポン!
「アルベド!」
「…正解!」
…なんのこっちゃ。正解だとしてもよくわからん。とにかく凄いことだけは伝わる。
このテレビを見たことがない人にその凄さが伝わるのか不安だが、
何にしても「その知識はどこで覚えるわけ?」そして「どこで使うの?」「この番組がなかったらいつ役立つの?」
と思われる答えを次々答えていく姿は圧巻である。
番組内でも時折聞いていたが、彼らはそのような知識を授業で耳にしたり辞書で目にしたりして覚えたのだという。
無論、興味があるから覚えるのでしょうな。
さらにはこんなことも述べていた。
たとえば、キリバスという国の国旗に太陽が描かれている。
それについて私ならなんとも思わないが、「なぜ太陽があるのだろう」と疑問に思うのが彼ら。
そして調べてみる。すると、その国は世界で最も早く太陽が昇る国 = 日付変更線に最も近い国という理由が明らかになる。
そういう経験があるから、この日クイズとして出題されて答えられた、と。
素晴らしきかなこの知的好奇心。
大切なのは「なぜだろう」と疑問に思う心、知りたいと思う欲求なのですな。
目の前の受験に向けて、目の色が変わっている(はずの)諸君。
学ぶことの根本にある知的好奇心は、心のどこかに置いといてくれたまえ。
試験だけを乗り切るための勉強にはせず、自分を高めるための勉強にしてちょうだい。
Posted by 川高 at
18:59
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2011年09月02日
ツール・ド・本屋さん(自転車で四国一周)
私の大学時代からの友人に、横山裕二(よこやまゆうじ:実名)という変わったヤツがいる。
職業マンガ家。
生意気にもWikipediaでも見出しがあるくらいだが、売れっ子では(まだ)ないので、おそらく知っている人はいるまい。
『ゲッサン』(月刊少年サンデー)という雑誌で「いつかおまえとジルバを」というネコが主役のマンガを連載していたのだが、
この7月で終了。
そして新たに始まったのが、マンガというよりは電波少年的な企画だった
(電波少年がわからなければ、担任の先生に聞きなさい)。
自転車で四国を一周しながら各地の本屋さんを回って『ゲッサン』の宣伝をし、
その道中の出来事を『ゲッサン』にマンガで報告するというもの。
名付けて「ツール・ド・本屋さん」。
ルールとしては以下のとおり(http://gekkansunday.net/rensai/honya/110722.htmlより)。
1. 7/12、高知県・桂浜を出発し、8/6「まんが甲子園」開催までに四国を一周し、ゲスト審査員のあだち充先生を出迎える。
2. 途中、八十八か所の書店さんに立ち寄り手描きのPOPを置いてもらう。
3. POPを置いてもらえたら、旅の資金として1件につき500円を支給。当然ながら断られた場合は無効!
POP(ポップ)っていうのは本の紹介をする宣伝広告のことです。本屋さんで見かけるでしょ。
「まんが甲子園」っていうのは高校生によるマンガコンクールみたいなものね。
あと、横山裕二は知らなくても「あだち充」は知っている人もいるでしょ(代表作はなんといっても「タッチ」)。
で、横山裕二がこの夏どんな経験をしたか。
興味のある人は『ゲッサン』をどうにかして手に入れるか、ブログやツイッターを見れば良いのだが、
そこまではしなくとも「自転車で四国一周!」っていうだけで、きっと多くの貴重な経験をしたであろうことは想像に難くないだろう。
私は率直に思う。面白いことしてるなー!
まぁ私はインドア派だから、墓場の隣にテント張って野宿とかトイレの水道でお風呂とか、
そういうのは勘弁なのでうらやましいとは思わないけれど、
「1度しかない人生を楽しんでるよなー。いいな、ユウジ!」って感じ。
それにひきかえ私のこの夏の思い出といったら。
川根高校6年目にして初めて学校のプールに入ったことくらいで。
K谷S吾が帽子とゴーグルを貸してくれたから「よっしゃ、十数年ぶりに飛び込みしてみるか~♪」と
イルカのように美しく飛び込んだら、ゴーグルが緩かったようで外れてしまい、
ついでに右目からコンタクトも外れてしまい、当然ながら行方不明になってしまい、
お小遣いから新しいものを買うはめになってしまい、次の日にS吾からニヤニヤ笑いながら「ご愁傷様です」と言われてしまい、
なんていうことくらいで。
…やっぱりユウジがうらやましいかも。
君たちも来年の夏には、今年とはまた違った充実した時間を過ごせるとよいですな。
さて、そんな横山裕二は、今回の企画がそこそこウケたらしく、来月からまた自転車で「東海道五十三次編」を始めるらしい。
ということは、私の家にも転がり込んでくるであろう。
川根の本屋まで自転車で行くよう勧めてあげるか。みんなも応援してあげてくれ。
彼は私に借りた様々な金銭的物質的精神的な恩をまだ返していないので、早く売れっ子漫画家にならなければならないのだ。
****************************************************
ディズニーシーができたばかりの頃。私は早速遊びに行き、友人に自慢をした。
「こないだディズニーシーに行ってきたよ」
「え!?ディズーニーランドってABCがあるの!!」
私が横山裕二という人物を誰かに紹介する際、必ず持ち出すエピソードです。
どんな人物か、ご想像あれ。
職業マンガ家。
生意気にもWikipediaでも見出しがあるくらいだが、売れっ子では(まだ)ないので、おそらく知っている人はいるまい。
『ゲッサン』(月刊少年サンデー)という雑誌で「いつかおまえとジルバを」というネコが主役のマンガを連載していたのだが、
この7月で終了。
そして新たに始まったのが、マンガというよりは電波少年的な企画だった
(電波少年がわからなければ、担任の先生に聞きなさい)。
自転車で四国を一周しながら各地の本屋さんを回って『ゲッサン』の宣伝をし、
その道中の出来事を『ゲッサン』にマンガで報告するというもの。
名付けて「ツール・ド・本屋さん」。
ルールとしては以下のとおり(http://gekkansunday.net/rensai/honya/110722.htmlより)。
1. 7/12、高知県・桂浜を出発し、8/6「まんが甲子園」開催までに四国を一周し、ゲスト審査員のあだち充先生を出迎える。
2. 途中、八十八か所の書店さんに立ち寄り手描きのPOPを置いてもらう。
3. POPを置いてもらえたら、旅の資金として1件につき500円を支給。当然ながら断られた場合は無効!
POP(ポップ)っていうのは本の紹介をする宣伝広告のことです。本屋さんで見かけるでしょ。
「まんが甲子園」っていうのは高校生によるマンガコンクールみたいなものね。
あと、横山裕二は知らなくても「あだち充」は知っている人もいるでしょ(代表作はなんといっても「タッチ」)。
で、横山裕二がこの夏どんな経験をしたか。
興味のある人は『ゲッサン』をどうにかして手に入れるか、ブログやツイッターを見れば良いのだが、
そこまではしなくとも「自転車で四国一周!」っていうだけで、きっと多くの貴重な経験をしたであろうことは想像に難くないだろう。
私は率直に思う。面白いことしてるなー!
まぁ私はインドア派だから、墓場の隣にテント張って野宿とかトイレの水道でお風呂とか、
そういうのは勘弁なのでうらやましいとは思わないけれど、
「1度しかない人生を楽しんでるよなー。いいな、ユウジ!」って感じ。
それにひきかえ私のこの夏の思い出といったら。
川根高校6年目にして初めて学校のプールに入ったことくらいで。
K谷S吾が帽子とゴーグルを貸してくれたから「よっしゃ、十数年ぶりに飛び込みしてみるか~♪」と
イルカのように美しく飛び込んだら、ゴーグルが緩かったようで外れてしまい、
ついでに右目からコンタクトも外れてしまい、当然ながら行方不明になってしまい、
お小遣いから新しいものを買うはめになってしまい、次の日にS吾からニヤニヤ笑いながら「ご愁傷様です」と言われてしまい、
なんていうことくらいで。
…やっぱりユウジがうらやましいかも。
君たちも来年の夏には、今年とはまた違った充実した時間を過ごせるとよいですな。
さて、そんな横山裕二は、今回の企画がそこそこウケたらしく、来月からまた自転車で「東海道五十三次編」を始めるらしい。
ということは、私の家にも転がり込んでくるであろう。
川根の本屋まで自転車で行くよう勧めてあげるか。みんなも応援してあげてくれ。
彼は私に借りた様々な金銭的物質的精神的な恩をまだ返していないので、早く売れっ子漫画家にならなければならないのだ。
****************************************************
ディズニーシーができたばかりの頃。私は早速遊びに行き、友人に自慢をした。
「こないだディズニーシーに行ってきたよ」
「え!?ディズーニーランドってABCがあるの!!」
私が横山裕二という人物を誰かに紹介する際、必ず持ち出すエピソードです。
どんな人物か、ご想像あれ。
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17:51
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2011年07月08日
I住先生の影響力
「I住先生とS平先生って話し方似てません?」
「なんでS平先生はI住先生と同じ喋り方するんですか?」
君たちの何人かが私に尋ねてきた(なぜ私に聞く?)。
今日はその疑問を明らかにしておこう。
ずばり言うわよ。S平先生はI住先生に恋してしまっているのだ。
御存じのように、S平先生はカヌー部顧問として、昨年度から24時間365日、I住先生とずっと一緒にいる。
そのI住先生は、カヌー競技において日の丸を背負ったこともある偉大な人物である
(この間のテレビ見ましたか?若かりし頃のI住先生を)。
毎日同じ時間を過ごす相手がそれだけのカリスマであれば、惚れてしまうに決まっとるではないか。
いつの間にかS平先生の心の中が、I住先生でいっぱいになったとしても仕方がないではないか。
恋は誰にも止められない。
だから、S平先生の話し方はI住先生と似てきてしまい、
話し出しはいつしか「ハイ、えーっ、……」というI住先生と同じ言い方になってしまったのである。
ただし、I住先生に心惹かれてしまったのは、なにもS平先生だけではない。
実は2年前、君たちが1年生の頃から、I住先生の虜となってしまった人物は大勢いたのである。
私は学年主任として、学年部の職員の、とある変化に気づいていた。
…「要は」の使用頻度が高くなっている!
御存じかどうか、これこそ「I住語録」の代表格である。
I住先生と会話をすれば、必ず「要は」ということばが出てくる。
そのため、当時F井先生やI田先生、Y利先生も、
知らず知らずのうちに「要はー、……」と頻繁に言うようになってしまったのである。
私だけは気づいていた。
そして今やそれは、当然2年部の職員&体育教師&カヌー部顧問に蔓延〔まんえん〕している。
ぜひ職員室へ来た時は、彼らの会話に耳をすませてほしい。
なかでも、やはりS平先生とI住先生の会話は必見(必聴?)である。
S平先生「I住先生、○○の件ですけどー、これってヨウワー、××ってことですよね?」
I住先生「え?…そうじゃなくてー、ヨウワー△△なんだよね」
S平先生「あー、…ん?でもでもー、ここに□□ってあるから、ヨウワ××なんじゃ…」
I住先生(遮って)「いやいや、違うちがう。ヨウワヨウワー、……」
どんだけ要約してるんだ、って密かに私は突っ込んでいる。
人は、誰かに惹かれると、「ことば」に影響が出るものだ。
たとえば、語彙〔ごい:ボキャブラリー〕だったり口癖だったり話し方だったりである。
覚えておくとよいだろう。いつか「浮気の発見」に役立つかもしれないわよ…。
***************************************************
念のためお伝えしておきますが、S平先生もI住先生も、男性です。誤解のないように(いろんな意味で)。
「なんでS平先生はI住先生と同じ喋り方するんですか?」
君たちの何人かが私に尋ねてきた(なぜ私に聞く?)。
今日はその疑問を明らかにしておこう。
ずばり言うわよ。S平先生はI住先生に恋してしまっているのだ。
御存じのように、S平先生はカヌー部顧問として、昨年度から24時間365日、I住先生とずっと一緒にいる。
そのI住先生は、カヌー競技において日の丸を背負ったこともある偉大な人物である
(この間のテレビ見ましたか?若かりし頃のI住先生を)。
毎日同じ時間を過ごす相手がそれだけのカリスマであれば、惚れてしまうに決まっとるではないか。
いつの間にかS平先生の心の中が、I住先生でいっぱいになったとしても仕方がないではないか。
恋は誰にも止められない。
だから、S平先生の話し方はI住先生と似てきてしまい、
話し出しはいつしか「ハイ、えーっ、……」というI住先生と同じ言い方になってしまったのである。
ただし、I住先生に心惹かれてしまったのは、なにもS平先生だけではない。
実は2年前、君たちが1年生の頃から、I住先生の虜となってしまった人物は大勢いたのである。
私は学年主任として、学年部の職員の、とある変化に気づいていた。
…「要は」の使用頻度が高くなっている!
御存じかどうか、これこそ「I住語録」の代表格である。
I住先生と会話をすれば、必ず「要は」ということばが出てくる。
そのため、当時F井先生やI田先生、Y利先生も、
知らず知らずのうちに「要はー、……」と頻繁に言うようになってしまったのである。
私だけは気づいていた。
そして今やそれは、当然2年部の職員&体育教師&カヌー部顧問に蔓延〔まんえん〕している。
ぜひ職員室へ来た時は、彼らの会話に耳をすませてほしい。
なかでも、やはりS平先生とI住先生の会話は必見(必聴?)である。
S平先生「I住先生、○○の件ですけどー、これってヨウワー、××ってことですよね?」
I住先生「え?…そうじゃなくてー、ヨウワー△△なんだよね」
S平先生「あー、…ん?でもでもー、ここに□□ってあるから、ヨウワ××なんじゃ…」
I住先生(遮って)「いやいや、違うちがう。ヨウワヨウワー、……」
どんだけ要約してるんだ、って密かに私は突っ込んでいる。
人は、誰かに惹かれると、「ことば」に影響が出るものだ。
たとえば、語彙〔ごい:ボキャブラリー〕だったり口癖だったり話し方だったりである。
覚えておくとよいだろう。いつか「浮気の発見」に役立つかもしれないわよ…。
***************************************************
念のためお伝えしておきますが、S平先生もI住先生も、男性です。誤解のないように(いろんな意味で)。
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2011年06月30日
私の葬式
私の葬式について、3年前に妻との雑談の中で決まったことがあった。
というか私が決めたことがあった。
しかし、祖母に似て物忘れのある妻は覚えていなかったことが判明したので、改めてここで述べてみたい。
そもそも私の葬式はやらない。
成仏だとか供養だとか、そんなことはどうでもいい。
私のために多くの人の手を煩わせ、時間とお金をかけるなんて申し訳ない。
とはいえ、葬式というのは死んだ人のためというよりも残された人のために行うという側面が強いもの。
おそらく妻をはじめ、葬式がなければ気持ちの整理がつかない人が多く出てしまうだろう。
それも私にとっては本意ではない。
したがって、「お別れ会」を開くことにする。
香典は不要。私の遺産の一部で、みんなが楽しく飲み食いしてくれ。
そして、そこでのメインイベントは、私との思い出披露とする。
出席者の一人ひとりに、生前の私のエピソード、あんな話やこんな話を面白おかしく語ってもらう。
もちろん、死んだ人の悪口を言ってはいけない。
故人がいかに良い人間であったかを述べるのだ。
あれこれたくさん思い出してしまうだろうが、時間の都合もあるので、一人につき思い出ひとつ。
出席者たちは、それぞれが私との思い出を語っていく。
それを聞いて私への認識を新たにしたり、改めて惜しい人を亡くしたものだと悔やんだりする。
しかし、悲しい雰囲気は一切ない。
故人の人柄のためか、むしろ温かな空気に包まれ、時々笑いまで起きる。
「こんな面白いお葬式はないよね」「そういえば、結婚式も面白かったよねぇ」
思い出が思い出を呼び、話は尽きることがない。
そしていよいよ、最後の一人となる。
最後の一人は、そう、私の妻。
最愛の夫を亡くし、憔悴〔しょうすい〕しきっていたと噂されていた。
だが、今は心なしか顔色が良い。
私の友人たちの話を聞いて、笑顔までこぼれていた。
そんな彼女がゆっくりと前へと進み出る。
…皆様、本日はお忙しい中、亡き主人のためにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。
皆様方から、改めて主人がいかに善良な心優しい素敵な人間だったかを伺うことができ、心より感謝申し上げます。
私の知らない主人の一面も垣間見ることができました。
皆様方のような、心温かい人たちに囲まれ、主人は本当に幸せだったと思います。
…ですが、皆様方の御発言を覆すようで心苦しいのですが……主人は決して良い人間ではありません。(え?と耳を疑う出席者たち)
…なぜなら、私をこの世に残して一人旅立ち、
…私に、…これほどまでに、耐えがたい、深い悲しみを、与えたからです……(涙涙涙)
BGMは小田和正にしよう。
妻の語りとともにフェードインしてきて、最後の言葉を言い終えたところでボリュームを最大に。
妻の涙が合図のように、堰〔せき〕を切ったようにむせび泣く出席者たち。
嗚咽〔おえつ〕があちこちで漏れる。それを穏やかに見つめる、遺影の中の、私。
ということで、君たちにも出席してもらうのでよろしく。
私より長生きしなさい。君たちは、妻の知らない私を知っている貴重な人間であり、
私がいかに良い人間だったかを話すには内容に困らない人間なのだから。
エピソードを一つに絞るのには困るだろうが、それぐらい苦労してくれたまえ。恩返しと思って。
というか私が決めたことがあった。
しかし、祖母に似て物忘れのある妻は覚えていなかったことが判明したので、改めてここで述べてみたい。
そもそも私の葬式はやらない。
成仏だとか供養だとか、そんなことはどうでもいい。
私のために多くの人の手を煩わせ、時間とお金をかけるなんて申し訳ない。
とはいえ、葬式というのは死んだ人のためというよりも残された人のために行うという側面が強いもの。
おそらく妻をはじめ、葬式がなければ気持ちの整理がつかない人が多く出てしまうだろう。
それも私にとっては本意ではない。
したがって、「お別れ会」を開くことにする。
香典は不要。私の遺産の一部で、みんなが楽しく飲み食いしてくれ。
そして、そこでのメインイベントは、私との思い出披露とする。
出席者の一人ひとりに、生前の私のエピソード、あんな話やこんな話を面白おかしく語ってもらう。
もちろん、死んだ人の悪口を言ってはいけない。
故人がいかに良い人間であったかを述べるのだ。
あれこれたくさん思い出してしまうだろうが、時間の都合もあるので、一人につき思い出ひとつ。
出席者たちは、それぞれが私との思い出を語っていく。
それを聞いて私への認識を新たにしたり、改めて惜しい人を亡くしたものだと悔やんだりする。
しかし、悲しい雰囲気は一切ない。
故人の人柄のためか、むしろ温かな空気に包まれ、時々笑いまで起きる。
「こんな面白いお葬式はないよね」「そういえば、結婚式も面白かったよねぇ」
思い出が思い出を呼び、話は尽きることがない。
そしていよいよ、最後の一人となる。
最後の一人は、そう、私の妻。
最愛の夫を亡くし、憔悴〔しょうすい〕しきっていたと噂されていた。
だが、今は心なしか顔色が良い。
私の友人たちの話を聞いて、笑顔までこぼれていた。
そんな彼女がゆっくりと前へと進み出る。
…皆様、本日はお忙しい中、亡き主人のためにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。
皆様方から、改めて主人がいかに善良な心優しい素敵な人間だったかを伺うことができ、心より感謝申し上げます。
私の知らない主人の一面も垣間見ることができました。
皆様方のような、心温かい人たちに囲まれ、主人は本当に幸せだったと思います。
…ですが、皆様方の御発言を覆すようで心苦しいのですが……主人は決して良い人間ではありません。(え?と耳を疑う出席者たち)
…なぜなら、私をこの世に残して一人旅立ち、
…私に、…これほどまでに、耐えがたい、深い悲しみを、与えたからです……(涙涙涙)
BGMは小田和正にしよう。
妻の語りとともにフェードインしてきて、最後の言葉を言い終えたところでボリュームを最大に。
妻の涙が合図のように、堰〔せき〕を切ったようにむせび泣く出席者たち。
嗚咽〔おえつ〕があちこちで漏れる。それを穏やかに見つめる、遺影の中の、私。
ということで、君たちにも出席してもらうのでよろしく。
私より長生きしなさい。君たちは、妻の知らない私を知っている貴重な人間であり、
私がいかに良い人間だったかを話すには内容に困らない人間なのだから。
エピソードを一つに絞るのには困るだろうが、それぐらい苦労してくれたまえ。恩返しと思って。
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2011年06月21日
弔辞
先日祖母が亡くなりまして、葬儀がありました。
だいたい葬儀では「弔辞(お別れの言葉)」を言う人がいるとは思うのですけど、私は長男ではなかったのでその役にはなりませんでした。
したがいまして、こんな公の場で恐縮ですが、この場をお借りして、祖母に対する私からの弔辞を述べたいと思います。
【弔辞】
両親が共働きだったため、僕はおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたようなものでした。
毎日、おばあちゃんの作ったご飯を食べていました。
今でもその味をよく覚えています。
オムレツ、天ぷら、ヒレカツ、カレー、エビフライ、鯵のフライ、野菜炒め、かぼちゃの煮物、肉じゃが、ほうれん草のごま和え、おでん、鯖の味噌煮…。
当時は、毎日食事を作ってもらえる、そのありがたみがわかっていませんでした。
でも、今ならよくわかります。毎日の支度がどれほど面倒で大変なことかを。
ただ、おばあちゃん。
子どもだった僕には、正直おいしいとは思えませんでした。
単調な味付け、増えないレパートリー。
申し訳ないですが、物心ついた頃には飽きていました。
それでも優しい僕は文句も言わず、毎日残さず食べていました。
偉かったでしょ。
ちなみに僕の妻は料理が上手で、今は毎日家に帰ってご飯を食べるのが楽しみです。
すいません、弔辞なのに、つい妻への愛情が漏れてしまいました。話を戻します。
それでも僕は、おばあちゃんが手間暇かけてご飯を作ってくれていたことを知っています。
印象的なのは、もやしにはいつも芽と根が付いていないことでした。
僕がテレビを見ている横で、せっせともやしのひげを取っているおばあちゃんの姿を覚えています。
もやしはひげを取って食べるもの。
それが当たり前ではないことを知ったのはいつでしょうか。
僕が一人暮らしをして料理を作るようになってからも、ついついもやしのひげ取りに時間をかけてしまったのは、おばあちゃんのせいですね。
おかげで今でももやしを食べる時には、ひげを取って食べたくなってしまいます。
でもそれを言うと妻の負担になってしまうから言わないようにしています。
優しいでしょ、僕。
そんな優しい僕ですが、1度だけ、おばあちゃんの愛情を受け入れられなかった時がありました。
あれは小学何年生の時だったでしょうか。
いつものように学校から帰ってきた僕に、おばあちゃんが体の後ろに隠していたものをひょいっと渡してきました。
若干、小躍りしながら笑顔で。
おばあちゃんが差し出してきたもの、それはチョコレートでした。
そう、その日は2月14日。大正生まれのおばあちゃんは、どこかでバレンタインデーというものを知ったのでしょうか。
そういうイベントに自分も参加したかったのでしょうか。
しかしながら、小学生の僕はイヤ~な気分だったというのが本音です。
気持ち悪いといったら語弊がありますが、思春期に入りかけていた僕は嫌悪感を抱いてしまいました。
それでも、そんな気持ちをおくびにも出さずに「…ありがとう」と受け取りました。
優しかったでしょ。僕。
でも、おばあちゃん。
「アルファベットチョコレート」ひと袋は多すぎだし、バレンタインぽくないよ。
ぽかったらもっと嫌だったかもしれないけど。
ところで、僕の愛する妻は、今テレビのドラマを見ています。
『JIN』とかいうドラマを見て、「あぁ!」とか「やめてー!」とか声をあげています。
やめてほしいのはこっちの方ですが、おばあちゃんもよくドラマを見ながらひとりごとを言っていましたね。
思い出しました。
ドラマの途中で感想をつぶやいたり、誰もがわかっている登場人物の気持ちを得意気に口にしたり、一緒に見ていてうんざりしていたものです。
妻が隣にいるとおばあちゃんを彷彿〔ほうふつ:よく似たものを見て思い出すこと〕させます。
その妻は、お葬式で僕が弔辞を言うことに反対をしました。
母が「ススムに弔辞を頼もうかと思ったけど」と言ったら、「ススムだと笑いをとる方向にいっちゃうから」と妻はのたまったのです。
僕のことをよく理解してくれている妻でしょ。
僕はこの妻を愛していくことをおばあちゃんにも約束します。天国から見守っていてください。
孫代表にはなれなかった優しいススムより
****************************************************
祖母は先月91歳になりました。森光子と同じ誕生日です。
祖母が5年前に脳梗塞になってからは、森光子さんはでんぐりがえりをしてるのになぁとよく思ったものです。
さて、先々週に発行したひとりごとを画像で添付します。
文化祭での3年生の様子です。
個人情報という厚い壁により、変な写真にせざるをえないのですけど。


だいたい葬儀では「弔辞(お別れの言葉)」を言う人がいるとは思うのですけど、私は長男ではなかったのでその役にはなりませんでした。
したがいまして、こんな公の場で恐縮ですが、この場をお借りして、祖母に対する私からの弔辞を述べたいと思います。
【弔辞】
両親が共働きだったため、僕はおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたようなものでした。
毎日、おばあちゃんの作ったご飯を食べていました。
今でもその味をよく覚えています。
オムレツ、天ぷら、ヒレカツ、カレー、エビフライ、鯵のフライ、野菜炒め、かぼちゃの煮物、肉じゃが、ほうれん草のごま和え、おでん、鯖の味噌煮…。
当時は、毎日食事を作ってもらえる、そのありがたみがわかっていませんでした。
でも、今ならよくわかります。毎日の支度がどれほど面倒で大変なことかを。
ただ、おばあちゃん。
子どもだった僕には、正直おいしいとは思えませんでした。
単調な味付け、増えないレパートリー。
申し訳ないですが、物心ついた頃には飽きていました。
それでも優しい僕は文句も言わず、毎日残さず食べていました。
偉かったでしょ。
ちなみに僕の妻は料理が上手で、今は毎日家に帰ってご飯を食べるのが楽しみです。
すいません、弔辞なのに、つい妻への愛情が漏れてしまいました。話を戻します。
それでも僕は、おばあちゃんが手間暇かけてご飯を作ってくれていたことを知っています。
印象的なのは、もやしにはいつも芽と根が付いていないことでした。
僕がテレビを見ている横で、せっせともやしのひげを取っているおばあちゃんの姿を覚えています。
もやしはひげを取って食べるもの。
それが当たり前ではないことを知ったのはいつでしょうか。
僕が一人暮らしをして料理を作るようになってからも、ついついもやしのひげ取りに時間をかけてしまったのは、おばあちゃんのせいですね。
おかげで今でももやしを食べる時には、ひげを取って食べたくなってしまいます。
でもそれを言うと妻の負担になってしまうから言わないようにしています。
優しいでしょ、僕。
そんな優しい僕ですが、1度だけ、おばあちゃんの愛情を受け入れられなかった時がありました。
あれは小学何年生の時だったでしょうか。
いつものように学校から帰ってきた僕に、おばあちゃんが体の後ろに隠していたものをひょいっと渡してきました。
若干、小躍りしながら笑顔で。
おばあちゃんが差し出してきたもの、それはチョコレートでした。
そう、その日は2月14日。大正生まれのおばあちゃんは、どこかでバレンタインデーというものを知ったのでしょうか。
そういうイベントに自分も参加したかったのでしょうか。
しかしながら、小学生の僕はイヤ~な気分だったというのが本音です。
気持ち悪いといったら語弊がありますが、思春期に入りかけていた僕は嫌悪感を抱いてしまいました。
それでも、そんな気持ちをおくびにも出さずに「…ありがとう」と受け取りました。
優しかったでしょ。僕。
でも、おばあちゃん。
「アルファベットチョコレート」ひと袋は多すぎだし、バレンタインぽくないよ。
ぽかったらもっと嫌だったかもしれないけど。
ところで、僕の愛する妻は、今テレビのドラマを見ています。
『JIN』とかいうドラマを見て、「あぁ!」とか「やめてー!」とか声をあげています。
やめてほしいのはこっちの方ですが、おばあちゃんもよくドラマを見ながらひとりごとを言っていましたね。
思い出しました。
ドラマの途中で感想をつぶやいたり、誰もがわかっている登場人物の気持ちを得意気に口にしたり、一緒に見ていてうんざりしていたものです。
妻が隣にいるとおばあちゃんを彷彿〔ほうふつ:よく似たものを見て思い出すこと〕させます。
その妻は、お葬式で僕が弔辞を言うことに反対をしました。
母が「ススムに弔辞を頼もうかと思ったけど」と言ったら、「ススムだと笑いをとる方向にいっちゃうから」と妻はのたまったのです。
僕のことをよく理解してくれている妻でしょ。
僕はこの妻を愛していくことをおばあちゃんにも約束します。天国から見守っていてください。
孫代表にはなれなかった優しいススムより
****************************************************
祖母は先月91歳になりました。森光子と同じ誕生日です。
祖母が5年前に脳梗塞になってからは、森光子さんはでんぐりがえりをしてるのになぁとよく思ったものです。
さて、先々週に発行したひとりごとを画像で添付します。
文化祭での3年生の様子です。
個人情報という厚い壁により、変な写真にせざるをえないのですけど。


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2011年06月02日
森田 赤
青、赤として、次は黄色。これで信号機とすべきか。
それとももうひと頑張りして、緑、桃とそろえ、言わずもがなの、5人そろってゴレンジャーを目指すべきか(←古い)。
などと、考えているわけがない。
改めていうが、私の息子は「青」と書いて「せい」である。
だからといって、今後も子どもに、色つながりで名前をつけていくつもりはない。
ほかでもない、10月に生まれる第2子についてのことであるが(まだ知らなかった人、そういうことです)。
だいたい長男が「青」だから次は「赤(あか)」なんて。
そんな誰もが考えそうなことをこの奇特なモリタススムが考えるわけがない(ちなみに「奇特」とは褒め言葉である)。
まぁ、S藤先生だけはさすが国語の先生であり、「『赤』って書いて『しゃく』ちゃん」と個性的なことをおっしゃった。
せめて言うならこのくらいのヒネリはほしいものである。
それに比べてI田先生ときたら、知性のカケラすら感じさせない。
「森田ススメ!ススムだからススメ!うはははは」
などと小学生のような発想で言いやがる。おっと失敬、言いやがらっしゃる。
まぁ色つながりは考えていないのだが、たまたま色にもなってしまう名前が候補にはあった。
もともと「桃」はいい名前だなぁと思っていたのだ。
「モリタモモ」でモがいっぱい。うはははは。面白い。(「モリタピンク」ではない。念のため言うが。)
それに、私の好きな言葉である「桃李不言下自成蹊」にも「桃」が含まれている。
「桃李不言下自成蹊」=「桃李(とうり)もの言わざれども 下 自(おの)ずから蹊(けい)を成す」と読み、
「桃や李(すもも)は何も言わないけれど、その花を慕い、熟した実を求めて、人々は自然にその下へ集まるので道ができる」
=「モリタススムのように素敵な先生のそばには、声をかけなくとも生徒が集まってきてしまう、人気者は困るなぁ」
という意味の言葉よ。
だから、「桃」は密かに名前候補には挙がっていたのだけど――。
先日生まれた、隣の隣のおうちの赤ちゃん。
私「おめでとうございますぅ、お名前決めました?」
隣の隣の旦那さん「はい、『桃』にしました」
私「いや~ん。」
とは言わなかったが、思わず「あ、先を越された」とつぶやいてしまった。
というわけで、第2子の名前はまだ決まっていない。
やはり息子の時と同じように、生まれてから顔を見て決めようと思う。
そもそも男か女かもまだわかっていないのだしね。
ということで、自分の子どもの名前くらい自分で決めたいと思います。
悪気がなくてもねぇ、他人が人の子どもの名前についてあれこれ言うなんてねぇ、
ありがた迷惑でしかないよ、やめておくれ、まったく。
それとももうひと頑張りして、緑、桃とそろえ、言わずもがなの、5人そろってゴレンジャーを目指すべきか(←古い)。
などと、考えているわけがない。
改めていうが、私の息子は「青」と書いて「せい」である。
だからといって、今後も子どもに、色つながりで名前をつけていくつもりはない。
ほかでもない、10月に生まれる第2子についてのことであるが(まだ知らなかった人、そういうことです)。
だいたい長男が「青」だから次は「赤(あか)」なんて。
そんな誰もが考えそうなことをこの奇特なモリタススムが考えるわけがない(ちなみに「奇特」とは褒め言葉である)。
まぁ、S藤先生だけはさすが国語の先生であり、「『赤』って書いて『しゃく』ちゃん」と個性的なことをおっしゃった。
せめて言うならこのくらいのヒネリはほしいものである。
それに比べてI田先生ときたら、知性のカケラすら感じさせない。
「森田ススメ!ススムだからススメ!うはははは」
などと小学生のような発想で言いやがる。おっと失敬、言いやがらっしゃる。
まぁ色つながりは考えていないのだが、たまたま色にもなってしまう名前が候補にはあった。
もともと「桃」はいい名前だなぁと思っていたのだ。
「モリタモモ」でモがいっぱい。うはははは。面白い。(「モリタピンク」ではない。念のため言うが。)
それに、私の好きな言葉である「桃李不言下自成蹊」にも「桃」が含まれている。
「桃李不言下自成蹊」=「桃李(とうり)もの言わざれども 下 自(おの)ずから蹊(けい)を成す」と読み、
「桃や李(すもも)は何も言わないけれど、その花を慕い、熟した実を求めて、人々は自然にその下へ集まるので道ができる」
=「モリタススムのように素敵な先生のそばには、声をかけなくとも生徒が集まってきてしまう、人気者は困るなぁ」
という意味の言葉よ。
だから、「桃」は密かに名前候補には挙がっていたのだけど――。
先日生まれた、隣の隣のおうちの赤ちゃん。
私「おめでとうございますぅ、お名前決めました?」
隣の隣の旦那さん「はい、『桃』にしました」
私「いや~ん。」
とは言わなかったが、思わず「あ、先を越された」とつぶやいてしまった。
というわけで、第2子の名前はまだ決まっていない。
やはり息子の時と同じように、生まれてから顔を見て決めようと思う。
そもそも男か女かもまだわかっていないのだしね。
ということで、自分の子どもの名前くらい自分で決めたいと思います。
悪気がなくてもねぇ、他人が人の子どもの名前についてあれこれ言うなんてねぇ、
ありがた迷惑でしかないよ、やめておくれ、まったく。
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18:43
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2011年05月23日
S原先生 御長女誕生
S原先生、御出産おめでとうございます。…違うか。
御長女の誕生、おめでとうございます。
何かしてあげられることはないかと、32HRのみんなとお名前を考えてみました。
どうぞ参考にしてみてください。ではまず五十音順に。
S原 愛吏(あいり)、S原 歩(あゆむ)S原 梅、S原 沙織、S原 千夏、S原 千穂、S原 夏海(なつみ)、S原 萌香(もか)、S原 美羽、S原 弥代(みよ)、S原 玲子、S原 由吏(ゆり)、S原 結花or結香or結佳
それぞれの名前に理由はあるのでしょうが、みなさん真面目に考えてますよね…私が期待したのとは違って。
その他、ひらがなの名前も複数ありました。
S原かんな、S原しょうこ、S原まなみ、S原みやび
「S原」の画数が多いので名前くらいは簡単にした方がいいのでしょうか。
では次に、名前の理由まで書いてくれたものを↓
S原 薫(かおる)…響きが良い!
S原 和子…初めから終わりまで「和」な子になるように。(「『子』をつけたい、上の文字の画数は八画がいい」というS原先生の言葉にしたがって考えたようですよ。)
S原 愛菜(まな)…H子さんとS一郎さんに望まれ愛されて生まれてきたから。菜の花のようにきれいになるように。
S原 春海(はるみ)…春の海のように、時の訪れを感じさせる子に育ってほしいので。
やっぱり名前には由来がほしいですよね。意味を込めたいというのが親心。
それでは最後に、私が個人的に突っ込みたくなった名前を。
S原 さつきorめい…思い切って「S原トトロ」はどうでしょう。
S原 優(うい)…「優」をなぜ「うい」と読むのか、またその意味が何なのかは、K谷君でなければわかりません。アニメの登場人物でないことを祈ります。
S原 柔(やわら)…やっぱり柔道をやらせたいか。韻も踏まれてていいですな。
S原 クララ…「立った!クララが立った!」その時にそれだけは言いたい。
いかがでしょう、S原先生。職員室で先生方が名付けた「S原誠子」や「S原いいちこ」よりはましでしょうか。
では私、モリタススムが考えた名前も紹介しましょう。
やはり女の子ですから、かわいらしいお花のイメージはどうでしょうか。
なおかつ、この世にまたとない唯一の名前を目指して。
…「S原 薔薇(エスばら ばら)」はいかがでしょう!
「バラちゃん」って呼ばれるなんてかわいいじゃないですか。語呂もいいでしょ?
「S、バラバラ~」と、小学生の頃には私のような同級生にからかわれるでしょうが、
その時はお父さんが一本背負いでもしてからかった子どもを泣かせてあげればいいと思います。
では32HRのみなさん、パパになったS原先生を早くバラちゃんのもとに帰してあげるべく、文化祭の準備は自分たちで頑張ってやりましょうね~。
(今回の裏面)朝読書に「本屋大賞」の本はいかがでしょう。
御長女の誕生、おめでとうございます。
何かしてあげられることはないかと、32HRのみんなとお名前を考えてみました。
どうぞ参考にしてみてください。ではまず五十音順に。
S原 愛吏(あいり)、S原 歩(あゆむ)S原 梅、S原 沙織、S原 千夏、S原 千穂、S原 夏海(なつみ)、S原 萌香(もか)、S原 美羽、S原 弥代(みよ)、S原 玲子、S原 由吏(ゆり)、S原 結花or結香or結佳
それぞれの名前に理由はあるのでしょうが、みなさん真面目に考えてますよね…私が期待したのとは違って。
その他、ひらがなの名前も複数ありました。
S原かんな、S原しょうこ、S原まなみ、S原みやび
「S原」の画数が多いので名前くらいは簡単にした方がいいのでしょうか。
では次に、名前の理由まで書いてくれたものを↓
S原 薫(かおる)…響きが良い!
S原 和子…初めから終わりまで「和」な子になるように。(「『子』をつけたい、上の文字の画数は八画がいい」というS原先生の言葉にしたがって考えたようですよ。)
S原 愛菜(まな)…H子さんとS一郎さんに望まれ愛されて生まれてきたから。菜の花のようにきれいになるように。
S原 春海(はるみ)…春の海のように、時の訪れを感じさせる子に育ってほしいので。
やっぱり名前には由来がほしいですよね。意味を込めたいというのが親心。
それでは最後に、私が個人的に突っ込みたくなった名前を。
S原 さつきorめい…思い切って「S原トトロ」はどうでしょう。
S原 優(うい)…「優」をなぜ「うい」と読むのか、またその意味が何なのかは、K谷君でなければわかりません。アニメの登場人物でないことを祈ります。
S原 柔(やわら)…やっぱり柔道をやらせたいか。韻も踏まれてていいですな。
S原 クララ…「立った!クララが立った!」その時にそれだけは言いたい。
いかがでしょう、S原先生。職員室で先生方が名付けた「S原誠子」や「S原いいちこ」よりはましでしょうか。
では私、モリタススムが考えた名前も紹介しましょう。
やはり女の子ですから、かわいらしいお花のイメージはどうでしょうか。
なおかつ、この世にまたとない唯一の名前を目指して。
…「S原 薔薇(エスばら ばら)」はいかがでしょう!
「バラちゃん」って呼ばれるなんてかわいいじゃないですか。語呂もいいでしょ?
「S、バラバラ~」と、小学生の頃には私のような同級生にからかわれるでしょうが、
その時はお父さんが一本背負いでもしてからかった子どもを泣かせてあげればいいと思います。
では32HRのみなさん、パパになったS原先生を早くバラちゃんのもとに帰してあげるべく、文化祭の準備は自分たちで頑張ってやりましょうね~。
(今回の裏面)朝読書に「本屋大賞」の本はいかがでしょう。
Posted by 川高 at
18:40
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